エッセイ

旅は私の宝箱

満足の前菜

友達は現れなかった。
ここはフランスのホテル。ガリ・デ・リヨンという、パリの東の駅に近い2つ星ホテル。
ここで昨日、友人と落ち合うはずだった。ここまでの話は、既に2本エッセイで書いた。(※

何とかホテルにたどり着いたのは昨日の夜7時半ごろ。ホテル前でスーツケースを引きずって、(ここで良いのよね?)と思いながらうろうろしていた。ホテルから出ていく外人の宿泊客に(何やってるの? 入るの?)というようなジェスチャーをされた。(入るか入らないかのどちらか。)と私もジェスチャーで応える。このホテルで正しかったのだけれどまだうら若き頃のフランスでの単独行動。ためらいやら恥じらいがございましたの。あの頃は。

昨晩ホテルにチェックインをして部屋に入るとシャワーも浴びずに洋服を着たままベッドに横になり、そのまま寝てしまった。目を覚ますと朝だった。友達が来てシャワー中だと困ると思い待っていて、そのまま眠ってしまった。そう言えば昨日空港で、交通機関がストライキをしていると小耳に挟んだ。だから来れなかったのかなあ? いや彼女は何があっても来る人。せめて連絡くらいはしてくるはず。まあいいや。取り敢えずシャワーを浴びよう。

洋服も着替えて心はお出掛けモード。だってここはフランス、パリだもの。世界中の女性が憧れる街。日本を出国前、今は亡き母親が言っていた。
「お友達に会えないうちは1人で出歩かないで。」
私は返事をしなかった。
そんなわけ行くものか!だってここはフランスのパリよ! 友人に会えなかったのは計算外だったけれど。

出掛けるにしても何処に行こうかと迷う。今日、友達に会えるかもしれないし。取り敢えずピカソ美術館に行こう。あそこは1人で行ってもいいや。モンマルトルの丘は連れがいないと寂しいな。そう考えてホテルから出発。とにかく歩いた。人に尋ねながら。小学生位の少女に道を聞いた時、数字を英語で言えなくて考え込んでいた。何番目のストリートか言いたかったよう。可愛かったなあ。その前は、おばあさんに尋ねた。「私は分からない。あのムッシュに聞きなさい。」と言われたけれど、前方を歩くそのムッシュの顔を並んでのぞくと恐かった。通り過ぎたら、「ムッシュに聞きなさい。ムッシュにー!」と後ろからおばあさんが叫んでいた。以上の会話は英語とフランス語。そんなこんなで、迷い迷い2時間は歩いたのではないかしら? 良いの、私歩くの好きだから。

ホテルから出て、すぐに朝食と昼食を1食で済ませた事は覚えている。たどり着いた美術館の辺りの光景もボンヤリと。ただ肝心の作品についてはまるで記憶が無い。それからどうホテルまで戻ったのかもあまり覚えていない。ただ昼間はみんな親切に教えてくれるけれど、夕方は皆急ぎ足。(家に早くかえりたいのね。)そんな風に感じた記憶がある。

〔アジア人女性の一人旅。〕
不安さを身体中から発信したけれど夕刻、家に急ぐ人たちの足は止められなかった。

あと覚えているのは、凱旋門から放射線状に延びているストリートに行った。事前に調べていたハイセンスな界隈。そこのデリカテッセンで、夕飯を買ってホテルに戻る。今晩も友達に会えないかもしれないし、もし友達が来て私が外食していて居なかったら具合が悪いから。

地下鉄に乗ってホテルまで戻ったと思う。お惣菜をぶら下げてエントランスに入るとそこで見たのは待ちに待った

「ヨ・シ・ワ・ラ~!!」(仮名)

彼女の名前を叫びながら走り寄る。友達がエレベーター前に立っていた。小さいホテルだから直ぐに視界に入った。私より2つ年上の彼女を、日本では呼び捨てになどしないけれどこの時はこう叫んだ。だってそんな気持ちだったんだもの。こちらに気付いて友達も満面の笑み。「フロントに聞いたらチェックインはしているけれど外出していると言われた。けれど取り敢えず部屋まで行ってみようと思って。」

それから2人で私の部屋に向かう。「昨日来ないから今晩の食事を買って来た。これを2人で食べて外食しに行こうよ。ところで昨日はストで来れなかったの?」と聞くと「え、今日だったよね。フランスに着くの。」と友達が答える。

【昨日会えなかった問題】

当時はSNSや携帯電話が無かった。友達は先にヨーロッパを周遊していて、海外から日本の私に電話をくれた。いつの飛行機で出発して、いつパリのホテルに着くのか。ホテルの名前も伝えた。この時私が日にちを言い間違えた。日付変更線で1日ずれる事が頭に無かった。だから友達は悪くない。完全にミスをしたのだけれど、とにかく会えて良かった。

「取り敢えず会えてよかった。ディナーに行こうよ。」
「うん。」

独り旅をずうっとしていた友達の表情は明るい。どうやら久々の日本人との会話は彼女にとって、何よりの前菜だったよう。

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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