エッセイ

旅は私の宝箱

大人の童話-デンマークー

”ずうっと探していた…。”

ウン十年前に読んだ童話。緑色が多いハードカバーの表紙だった。内容は少女が旅行である日本の小さな町を訪れる。そこには店が何軒かとお屋敷がある。その屋敷には少しひねくれたおばあさんが居て屋敷の主。少女はその屋敷に滞在しながら町のお店に数日ずつ働くというもの。本当に、この本について記憶に残っていたのはこれ位のもの。そして何よりこの童話をなかなか探し出せなかった理由はタイトルを覚えていなかったという事。鮮明にというべきかはたまたぼんやりと覚えているのは表紙の可愛くメルヘンな絵と読むとそこには不思議な世界が広がっていたということ。

”日本なのに外国!”

あの時の私には一種バイブルのような存在でした。自分と同じ年頃の少女が夏休みに短期の下宿生活をする。下宿代は屋敷の近所のお店で働く事が支払いになる。可愛らしい小さな町で繰り広げられる少女の自立の日々。そのストーリーと表紙の絵に憧れと夢を感じました。この本のタイトルが『霧のむこうのふしぎな町』だと知ったのは今年に入ってから。インターネットでやっと探し出し図書館で取り寄せました。何度か改版されているのですがそれは私が少女の頃夢中になったのは初版のものでした。もう中身が抜けそうになっていた。手にすると感動ひとしお。けれど、実は数年前に私はこの本の中の不思議な町に行ったんです。

2015年の8月の終わりから1人で北欧3ヵ国ツアーに参加しました。最初の訪問国ノルウェーでフィヨルドを観光した後フェリーで1泊しデンマークのコペンハーゲンに降り立ち、市の中心部でかの有名なニューハウン、運河沿いにカラフルな家々が並ぶ観光スポットや、やはり有名な人魚の像などを観てまわりました。その後中心部から少し離れたレストランでオープンサンドウィッチとデザートのほんのり温かいアップルパイを堪能しました。童話作家のアンデルセンはこのニューハウンに住みポップな色合いの造りのカフェやショップを愛したと言います。けれど私に遠い少女時代のあの日本作家と画家の描いた童話の記憶を呼び起こさせたのはここではありませんでした。

市中心部の観光を終えた私達ツアー一行は郊外のホテルに向かいました。場所は空港から電車の駅1つ市街地よりのKASUTRUP(カストラップ)という所。ここに午後2時過ぎにチェックイン。その後夕食は各自で食べるフリータイム。正直言って時間を持て余しました。何せ物価の高い北欧、デンマークも例外ではありません。ホテルは駅から近いのですが7つ先の市中心部まで7駅で片道日本円700円以上かかる。デンマーククローネを羽田で3000円位しか換金しなかった私。”今日この後どうしたものか?”と考えながらホテルの部屋に入りました。部屋は広くてシンプルなツインルームでした。窓からは濃い水色の空をバックに白い教会の上の鐘が見える。バスがこのホテル付近に近づいた時には車窓からショップが何店か確認することができました。

”少し休んだらこの辺りを探検するか。”

シャワーを浴びて着替えた私はこの小さな町を散策しました。

ホテルのエントランスを出ると右にオープンカフェ。道路の向う左側には部屋の窓から見えた教会があります。左に少し歩くとこの町のメインストリートが左側に延びている。この角に立った時、あの『霧のむこう…』が思い浮かんだのです。あの童話の表紙の町の道路は石畳、こちらはコンクリート。特に様子が類似しているというわけではないのだけれど…。メインストリートを歩くと道路の向こうには小さな広場がありその向こうにはお店が並ぶ、お寿司屋さん、スーパー、キャンディー屋さん。道路沿いにはインテリアショップやハンバーガー屋が並んでいました。人通りが多くないこの場所にちまちまと並ぶショップ。住宅街であるこの界隈に人々が穏やかに暮らしている雰囲気が肌で感じられた。そういう雰囲気が私に遠い少女の頃の記憶を呼び起こさせたのかもしれません。

メインストリートを少し歩いて道路を渡り奥の路地に入ると左手に小さな小さな小物屋が ありました。その横を通りがかるとドアが空いていて中の店主と目が合いました。彼は微笑みながら「ハロー!」と言ってくれました。本当はこのお店に入りたかった。あのラフな感じのお兄さんと拙い英語で少しおしゃべりがしたかった。ひょっとすると彼も気安く応じてくれたかもしれないけれど…。私にはその勇気や、相手をしてくれたお礼に何かを買うお金がありませんでした。旅によくあるシーンではあるけれど、こんな小さな可愛い町で気さくな笑顔に出会えた。

”その一瞬が忘れられなくて…。”

この時から私は、大人の童話の世界に浸っているのです。

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

写真
このシリーズの一覧へ
エッセイをすべて見る
47PRとは
47PRサービス内容