エッセイ

五感で感じるエッセイ『イン・ラケ'ッチ!』

水平線の彼方 ― 葉山

京急新逗子駅で降り、葉山行きの路線バスに乗ると、ほどなく、右手側の建物の間から、ちらちらと海が見え出す。やがて、どーんと視界が開け、ずーっと向こうの水平線まで何も遮る物のない広い広い海が現れる。日の光に輝く海は穏やかで、魚が水面から飛び上がり、海鳥が優雅に旋回していた。
これが葉山かー!

私にとって、「葉山」はちょっと特別な場所だった。

私の祖父は、天皇陛下(昭和天皇)の事を「てんちゃん」と呼んでいた。確かに、祖父の方が年上だったが、あまりにも気安い。畏れ多い。それは子供の私でもうすうすわかっていた。
その「てんちゃん」ファミリーのご静養先として、たびたび「葉山の御用邸」がニュースで取り上げられた。その映像を、まるで、遠い親戚の近況を知るかのように、祖父は熱心に見ていた。
「葉山」。それは、ロイヤルファミリーが滞在する特別な場所。日本のどこかに実在する秘密の場所。勝手にそんな想像をしていた。これが私の「葉山」との出会いである。
中学生くらいになり、たくさんのヨットが停泊する「葉山マリーナ」をテレビで見て、「葉山って海か!海なのか!」
と、私はたいそう驚いた。
青い海に白いヨットのコントラストが美しくて、外国の観光地のようだった。
いったい、「葉山」ってどんな場所なんだ。山なのに海?日本なのに外国?、と。

祖父の思い出とともにあるその場所を、今、目の前にして、しみじみと感慨深い。

さらにバスで進んでいくと、途中から道幅が狭くなり、同時に、道の両側にオシャレなカフェやショップが並び出す。葉山海岸通りである。
通り沿いにある森戸神社(森戸大明神)は、葉山の総鎮守として850年以上の歴史を持ち、歴代の天皇陛下とも縁が深いという。境内の裏手が海に面していて、相模湾が一望できる。沖合700メートルに浮かぶ名島(菜島)の赤い鳥居に目が釘付けになり、それは海の中の神社にいるような錯覚をする。

「葉山」の観光名所はほとんど全てバスで回れる。それぞれのバス停からも近く、コンパクトで訪れやすい。
三浦半島唯一の滝ともいわれる「不動滝」は、民家の間をひっそりと流れている。水音を聴くだけで清められた気持ちになる。
町なかに由緒ある神社があり、すぐそこに滝がある。
都会に住む私たちが求めてやまない癒しのパワースポットが、生活と密着した形で在る「葉山」は、秘密の場所ではなかったが、確かに、特別な場所だった。

もうすぐ、平成が終わる。
昭和生まれの私は、明治生まれの祖父からたくさんのことを学んだ。一言で言うなら「気概(きがい)」だ。私の知らない時代を生き抜いてきた祖父の存在は、大きかった。言葉にした事はなかったが、深いところで尊敬していた。そんな思いを、新しい年号生まれの子どもたちは私たち昭和世代に感じてくれるのだろうか。そもそも私たちは、その人の存在そのものが、時代を映すような生き方をしているのだろうか。

…複雑。とても、複雑。

水平線の彼方を見つめ、未来について知らずに祈っていた。きっと、「てんちゃん」もそうだったに違いないと、思いながら。

プロフィール

白川ゆり

CASA DE XUX代表/アロマハンドセラピスト/アロマテラピーアドバイザー
2009年~ マヤの聖地を巡るワールドツアーに参加。パレンケや先住民が住むラカンドン村等、数々のマヤの聖地を訪れる。
また、国内外のマヤの儀式において、火と香りで場と人を浄化する「ファイヤーウーマン」を務める。
2011年~ マヤの伝統的な教えを伝えるワークショップを開催。
マヤカレンダーからインスピレーションを得たオリジナルアロマミストシリーズ「ITSUKI」を制作。

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