エッセイ

旅は私の宝箱

In the 万華鏡―愛知県―

あなたは万華鏡の中に入った事がありますか?

こんな質問をされたら何と答えますか?万華鏡の中に? どうやって? 逆に聞き手に質問をしてしまう人が多いのではないでしょうか?しかし…、実は私はあるんです。万華鏡の中に入ったことが…。
7、8年くらい前の事でしょうか。愛知県の豊田市に住んでいた私は、夜テレビを観ていました。それは今は放送されていませんが、あらゆる物に順位を付けるというバラエティー番組でした。その日のお題は確かガラス工芸だったと思います。その1位が「東三河工芸」という所でした。豊田市は愛知県の西三河です。車で豊田市外の東に向かえば行く事が出来る!と相成り、早速その週末に夫と出掛けました。

一般道路を走行したのですが…。結構遠かった。道に迷いながら1時間以上走った。そんな記憶があります。やれやれ着いた。ほっとして建屋の中に入ると1Fには工房がありました。来館者が万華鏡の製作をすることが出来ます。階段を上がって2Fにはたくさんの万華鏡が展示されていました。そして奥にはテレビで紹介された万華鏡に仕立てられた部屋があるのです。

夫とは館内で別々に鑑賞をしていたため1人で部屋の中に入ると、前の回のショーは程無くして終了。既に観覧された人びとは室外に出ていきました。いよいよ次の回が始まります。ガラスで一面覆われた部屋に音楽とナレーションが流れます。前面のスクリーンに空、木々などの景色が現れライトに照らされます。1日の朝から昼、始まりを思わせる明るい色調のガラスがガチャ、ガチャと変化し影絵のように展開します。夕方から夜にかけては夕陽のオレンジ色が徐々に暮れていき空があっという間に暗くなります。定点で時計を早回ししたような昔の日本の光景。幼い頃に日が暮れるまで遊んだあの日に戻ったような感覚になりました。

小さい筒の中のガラスの変化(へんげ)が万華鏡なら、こちらはさながら、ある1日を色と光で演出したドームです。テレビでの紹介はひかり輝くガラスの世界でした。しかし実際は風景描写のなかの時間の流れをガラスとライトで表現したものでした。そこには自然な物語の流れがあり、私はわけもなく懐かしくてたまらない気持ちになりました。幸運なことに1人そこにたたずむ私。1人占め。わたし1人の世界。感動もひとしおです。あまりの幻想的、美しいワールドに涙が頬をつたいました。かんどう! 終わってからもしばらくの間、ボッーと余韻にひたっていました。

私は旅行好きで世界中を旅しています。スペインの南端、アルヘシラスからアフリカ大陸を望んだ時の興奮!いつかはあの地に足を踏み入れると思ったものです。やはりスペインの王宮の彫刻の繊細さ。イタリアのミラノのドウモも圧観で息を飲むばかりでしたがこの東三河工芸も今までの鑑賞スポットの中で5本の指に入る素晴らしさです。ものづくり日本、愛知の傑作です。

残念なのですが、この工房はすでに営業をしていないようです。ただどうしてもあの時の感動をお伝えしたかったのです。

私の人生のきらめくような1ページ。ほんの23分のできごとだったけれど…。

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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