エッセイ

旅は私の宝箱

私は主演女優

場所はフランスのパリ。時代は通貨がフランだった頃。

独りでパリの空港に降り立ち、シャトルバスで中心部に着いた。ご親切なフランス人のマダムに教えて頂いてパリ中心部からバス1本では目的地迄たどり着けない事を知る。ここまでは以前エッセイに書いた。目指すはガリ・デ・リヨン(Gare de Lyon)というホテルのある駅。この駅のすぐ近くにホテルがあるからそこまで行く事が出来れば何とかなる。到着後にはホテルで日本の友人と落ち合う約束をしていた。

マダムに教えられたバス停で降り、言われたナンバーのバスに乗り換えた。ゴロゴロとスーツケースを引きずってバスの奥に行く。中央部はイスが無いスペースがあった。その角に10歳位の少年が立っていて、隣にいた40歳位の眼鏡を掛けたムッシュが少年を横に移動させて(ここにスーツケースを置きなさい。)というような素振りを見せる。この2人は親子らしい。

「メルシー。」お礼を言いながらスーツケースを隅に置く。
(優しそうな人。この人に聞いちゃお。)
一言「リヨン?」と言う。先程のマダムにもこれだけ言った。こう言えば私がガリ・デ・リヨンに行きたいのを理解してくれるはず。が、「ガリ・デ・リヨン?」と訊き返してくる。先程のマダムもそうだった。後で気付いたのだけれど、フランス南部にリヨンという都市がある。そこと間違えないように、ご親切にも確認してくれているの。お二人とも。「イエス。」と頷く私。ムッシュは終点まで行けばいいと英語で答えてくれた。すると腰かけていた奥さんらしき人が、奥からこちらに近づいてきてご主人と会話をし始めた。

フランス語の会話だったからよく分からなかった。けれど察するに、ガリ・デ・リヨンがバスの終点か否かと言い争っている模様だった。ご主人は終点だと言い、奥さんは「よく分からないのにいい加減な事を言うな!」という感じ。すると他の座っている乗客たちも加わって「終点だよ。」と言う風にガヤガヤ。

「運転手にガリ・デ・リヨンで降りると伝えて降ろしてもらいなさい。」と奥さんが英語で言い、「終点で降りれば良いよ。」とご主人が言って、途中でそのファミリーは下車していった。

その先のバス停で数人が降りる。(ここがガリ・デ・リヨンかしら。)私は落ち着きが無くなる。続いて降りた黒人の人や白人の人が口々に「次で降りれば良いよ。」と教えてくれた。
海外ではバス停名のアナウンスなど無い。マダムの言う通り運転手には伝えなかったけれど、他の乗客たちが案内してくれる。

終点でバスを降りた。ここが目的地のガリ・デ・リヨンという駅があるバスの終点。何とか無事に到着。スーツケースを横にして路上に立つ。季節は9月の終わりで、時間は夜の7時を過ぎていた。空はまだ明るい。あともう少し歩いてホテルにたどり着けるはず。(頑張れ 私!)と自分に言い聞かせながら駅前の広場に向かう。

前方からタクシーが通りかかる。(乗り場は向こうだよ。)という風に、後方を手で指しながら行き過ぎていった。重いスーツケースを持った旅行者は、タクシーに乗りたがっているように見えるのかしら?この時の私にタクシーは無用なのだけれど。でもこんな瞬間もまるで映画のワンシーンみたい。異国の地でこんなにも皆が親切にしてくれるなんて。この旅の情景は、今でもありありと目に浮かぶ。

この道中、何回か(何故私は独りでパリに来たの?)と思った。連れのスーツケースとポツンと街中に佇んだ時は心細かったなあ~。日本では、海外からの友人の電話で1度打ち合わせしたきり。頭の中の旅のぼんやりとした旅の想像は、実際の現地での移動をするととてつもなく甘かった事を思い知らされた。けれどその想像は良い意味でも打ち砕かれた。

お鼻が高く、気位も高そうなフランス人。そんなイメージを抱いていたパリっ子達があんなにも孤独な旅人の私を気に掛けてくれた。あの時出会った人々の雰囲気や感じは、今でも思い返す事が出来る。

『パリを一人旅して』
月並みな映画のタイトルを思いつく。主演の私のセリフはリヨンとメルシーとイエスだけだけれど、脇役達の層が厚い。マダムA、B、ムッシュ、少年、タクシードライバー、バスの乗客達。この話は旅の序章だけれど、とても印象深い出来事。

若かったから出来た?いやいやこれからだって。

好奇心いっぱいの主演女優の旅はこれからも続く。

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

写真
このシリーズの一覧へ
エッセイをすべて見る
47PRとは
47PRサービス内容