エッセイ

旅は私の宝箱

光と影-南アフリカ-

バスに乗って市の中心部に向う途中、現地ガイドさんがアナウンスする。
「右手は黒人居住区です。」

窓からそちらを見ると目に飛び込んでくるのはピンクや青のカラフルな洗濯ものが干されている光景。その後ろには低層住宅が連なる。圧観という言葉が相応しい南アフリカ、ケープタウンの車窓からの眺めは実に印象的だった。

旅行後に、この住宅の中の様子を垣間見る事が出来た。
と言っても帰国していたわけだから実際にお宅にお邪魔したわけではないけれど。

自宅の近所に『世界の交流、平和』を目的とした大きな施設がある。ここにはそういった関係の書籍やDVDが置いてある。ここに立ち寄った時に、本棚に立て掛けられている子供向けの本が目に入った。

タイトルは【南アフリカの生活】。椅子に腰掛け、興味津々で表紙をめくった。

巻頭は笑顔で写った家族の写真。両親と10歳位の少年の3人が仲良さそうに並ぶ。ページをめくるとこの一家の住む住宅の外観の写真。場所はヨハネスブルクだけれど、あのケープタウンの集合住宅と同じようなタイプだと思う。

この家の様子が良くわかるように屋外に大きなカーペットが敷いてあり、実際と同じレイアウトで家具を並べている。小さなキッチンとリビングとベッドルームが1つずつある。トイレは共同でお風呂は無い。お父さんは息子に「ここに住める僕達は幸せなんだ。」と言う。

お父さんもお母さんも働いていて、お父さんの仕事は忘れたけどお母さんはオフィスで書類整理の仕事をしている。お母さんの夢はいつかマイホームを持つこと。

まあざっとこんな感じだけれどここから読み取れるのは、ケープタウンのあの住宅は賃貸で、かなり恵まれた南アフリカの黒人層が住んでいるという事だ。旅行中にはそんな状況を私は知る由もなく観光をしていたのだけれど。

さて、空港を出発して色彩の歓迎を受けた私達ツアー一行は、市内のレストランに行ってメインがチキンのランチをとった。

この後はケープタウン最高の観光スポット、テーブルマウンテンに向かう、はずだったのだけれどこの日は風が強く、頂上に昇るケーブルカーが運行中止になって観光が出来なくなってしまった。

ナイフで切った様に平らな頂上がテーブルマウンテンの名前の由来。

”あそこからの眺望はきっと素晴らしいんだろうな~!
「バブーン」という名のヒヒや鹿などの動物もいて。”

頂上近くまで行けば、お天気によっては雲海が足元に広がる体験をしたかった。
この旅1番の見所が、南アフリカの到着のその日におじゃんになってしまった。やむを得ず私達が向かったのは植物園だった。

旅行したのは数年前の7月だった。
7月と言っても南アフリカは南半球にあるから季節は冬。

小雨がパラつく中、気温は低めで肌寒かった。
ツアーのお仲間の方が、植物園からバスに戻ってきた時肩を落としながら言った。

「冬の植物園を見たって…。」「あら、色とりどりだったじゃない!」と私は返した。
相手の方は怪訝そうに私の顔を見る。
確かに、色とりどりだったのは住宅地の洗濯物の方。

この時は冗談を言ってテーブルマウンテンに行く事が叶わなかった自分を慰めていたけれど この国の人々の生活ぶりを見て私はとても衝撃を受けた。テーブルマウンテンの観光が中止になった無念さを超える位。

ケープタウンは都会で、海に面する陸の平らな部分は狭く背後には山が控えている。

その山は傾斜になっていて瀟洒な家が建ち並ぶ。街は都会で物価は日本よりやや安め。

夕方に街中をジョギングする人の姿を見るとこの地での滞在を心描いてしまうのだが、現地ガイドさんに聞くと極めて治安が悪いそうだ。

【アパルトヘイト】という言葉が頭をよぎる。

この地はあまりに美し過ぎて白人に乗っ取られてしまったのだろう。
住む場所や仕事を取り上げられ黒人は居場所を特定された。そんなことをされたら根深い恨みを持つだろう。

街、いや国の治安の悪さは貧困というより底知れない恨みが引き起こしているのかもしれない。

アパルトヘイトが無くなった今でもまだまだ現存する極端な貧富の差。

昼間バスで市内を走行していると車外に、所々で立ったり座っている黒人を見掛けた。「彼らはああやって仕事を貰えるのを待っているんです。」との説明がガイドさんからあった。

日がな一日待った所で仕事にありつけるかどうかと疑問に思う。そして定職につけない人達が犯罪を犯すという図式が自然と頭に浮かぶ。

この街には、瀟洒な家と路上で仕事の依頼を待つ黒人が街に混在している。

黒人達はうまくいってバスが無く共同トイレの賃貸住宅に住む。そこに干されている洗濯物は色鮮やかで、テーブルマウンテンの観光の代わりのあの枯山水のような冬の植物園とは対照的。濃淡、明暗、光と影というような言葉がこの国にマッチする。

この日はケープタウンのホテルに1泊した。

次の日に喜望峰、海に突き出す岬の展望台に向かうため集合時間より早めにロビーに行く。私と同様の1人参加の女性と一緒になり2人でホテルから表に出てみた。

朝の8時前。ホテル前の道路を挟んで右方にはシェラトンホテルが建っている。他には特に何も無く唯一見つけたのは床屋だった。朝早いというのにたくさんの人が入っていた。ホテルの裏側は下り坂になっている。たった5分位のこの散歩。何故だかとても脳裏に焼き付いている。

そしてもう1つ、脳裏に焼き付いた理由は…。

物騒な南アフリカ。

時間の制約と安全面で自由に街中を散策出来なかった。が、この朝8時前の早朝散歩は町がとても静かで穏やかだった。
そこで垣間見た早朝割引か?混んだ床屋。南アフリカの人の日常をほんの少しでも見る事が出来て嬉しかった。

そしてここで、物騒な町の一時の穏やかさにこの国の光と影を見た。

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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