エッセイ

旅は私の宝箱

人と自然と-クロアチア-

国全体が自然公園のような所。」

数年前の6月に旅したクロアチアを”どんな場所か?”と尋ねられた時、私はこう答えます。

クロアチアで何と言っても有名なのはヴリトブィッツ湖群国立公園です。ここは美しい世界遺産の公園ですがそれ以外にもバスで移動中、のどかでメルヘンな田園風景が広がっていました。穏やかな川の向こうには青々とした大地。所々に岩肌を見せる山をバックに小さな家がぽつぽつと立ち並ぶ。まるでおとぎの国のようでした。

そして私が何よりも驚いたのはドブロブニクの海! あの映画、『魔女の宅急便』の舞台です。

ドブロブニクの旧市街、クルーズ船が多数停泊している海に面した埠頭。そこに立ってひょいと海をのぞき込んだ時、もう、すぐそこの海水が透き通っていたんです。アドリア海に面したこの街は今では観光街。さほど広くはない街にレストランやお土産物屋が立ち並び観光客で賑わっています。その観光客達がクルーズ船の乗降に訪れる埠頭ですから ”ゴミが捨てられていて汚い海” とイメージしていたのですが水が透き通っていて底のコンクリートがはっきりと見ることが出来た! この国の自然が素晴らしいのかそれを守る国民の心がスバラシイのか、はたまた観光客のマナーがすばらしいのか…? 言わば正の連鎖が織り成す美です。

この埠頭に私が立ったのはむろん埠頭のかたわらの海水の美しさを見る為ではありません。アドリア海クルーズに繰り出すことが目的です。ここには様々なクルーズ船がありました。外海に出る食事付きの、昼間に出港して夕方戻るものや1時間弱の内海クルーズ。2、3時間の周遊船など。予算の関係もあるので私が乗ったのは50分の内海のクルーズ船です。

[アドリア海の真珠]になるべく?私は船に乗り込みました。

定員は10人程度の小型のボートで、私以外は皆イタリア人のようでした。70才位のリタイア世代のご夫婦3組のお仲間達と30才位の男女カップルと一緒だったと記憶しています。船底にガラスがはまっているグラスボートでした。クルーズ中船底のガラスから何度も海の中を見ましたが残念ながら魚を見ることは出来ませんでした。

乗客を乗せて船は出港しました。リタイア組のおじさんが30才位の男性に「何処から来たんだ?」と問い掛けました。私はイタリア語がわかりませんがなんとなく察しは付きます。「ナポリだ。」という答え。「あ~、ナポリか。」とのやりとりを聞きながら私は聞かれもしないのに「日本から来たの。」と英語で会話に割り込みました。しばらくシーン。けれど直ぐに「OH-ハポン!」すると30才位の男の人が目を輝かせまがら「トウキョ?」と尋ねてきました。(東京から来たの?)「ううん、ヨコハマよ。トウキョウの隣のヨコハマを知っている?」と英語で返すと彼は頷きました。どうやらイタリア人達は、英語はわからないようだけれど、かろうじて私が日本人だということがわかったようでした。

クルーズ中、海の色は青やグリーンと色彩が変わり絶景で御一緒させていただいたイタリア人の方達は陽気でした。リタイア組の奥さんがご主人の膝の上に座ったり、写真を撮る時は「ハポネサ!」(日本女性という意味)と呼ばれ私も仲間に加えてもらいました。そうこうしているうちに船はある島に着きました。30才位のカップルはそこで下船していきました。そして船はドブロブニクに引き返しました。

私はほっととしました。何故なら少々船酔いをしたからです。けれどそれからの光景は気持ち悪さを吹き飛ばすほど圧観でした。

青空が広がり海を船は進みます。「アマルフィのようだ。」とイタリア人が話していました。するとあるおじさんが「ヒュー!」と指笛を吹きました。何かと思い視線の先を見ると、島のヌーディストビーチにおじさん達は大興奮していました。けれど実際は向うの方にベージュの中年女性?と思われる人影が確認出来るだけ。はっきりとわかるヌードではありませんでした。個人的な感想はおじさん達の騒ぎようの方が楽しかったです。

そんなこんなで短いアドリア海クルーズも終盤にさしかかりました。と、前方から何やら赤と黄色の群れが近づいて来ました。それはカヤックの集団でした。青い空、蒼い海に赤や黄色のカヤックはとても映えました。イタリア人のおじさんが「オーイ!」という風に手を振るとあちらも手を振り返す。カヤックの群れを見て、

”私は人生を楽しんでいない…”

唐突にそんな風に感じてしまいました。理由は自分でも解らないけれど…。別にカヤックを漕ぎたいわけではない。大海原を自分の力で進む姿が、あまりにまぶしかったのかもしれません。

埠頭の岸壁の透き通った海水にクロアチア人の道徳心を学び、イタリア人が目を輝かせる日本の『トウキョ』に自分の母国の素晴らしさを再認識しました。そして、蒼い海を進む赤と黄色のカヤックには憧憬が芽生えました。

美しい自然とそれを守る人々。

そしてクロアチアを謳歌する旅人は屈託がなく魅力的でした。

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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