エッセイ

旅は私の宝箱

明日への序章

やれやれ、やっとテルミニ駅に着いた。

フランスに行き友達と落ち合って、一緒に観光をした。友達は旅費節約のために昨晩パリから、夜行列車でこちらに来ている。これからホテルで再度落ち合う。フランスでの話は、以前にエッセイに書いた。私はパリを離れ、ローマまで飛行機で飛んだ。事前のプランではテルミニ駅まで空港バスで来るつもりが、列車での移動になった経緯も以前のエッセイで書いた。それからの話を今から披露したい。

話はイタリアの空港の駅からの列車内になる。
ボックス席に一人座る私。立ったり座ったりキョロキョロ落ち着きなくしていた。いつもそう。間違ってはいないのにそわそわしてしまう。海外で、一人で行動しているのだから無理もないと思うけれど。そしてね、これはテクニック。この様子は不安な観光客と傍目に映る。案の定、隣の白人のご夫婦の御主人が英語で話し掛けて来た。
「どうかなさいましたか? お困りですか?」
「テルミニ駅に行きたいんです。」
「僕たちも行きますよ。御一緒しましょう。」
(一先ずテルミニ駅までは無事に行けそう。)とほっとする。人に助けを借りる作戦は一応成功。この後到着して列車を降りた時は、この観光客達は何故かしら5、6人のグループになっていた。俺も、私もテルミニに行きたい。と集まったのかしら? 歩きながら皆の話を聞いていると、どうやら私以外はまた電車に乗るらしい。
(ボーっとくっついていたらイケないわ。途中で離れなきゃ。)
案内板に注意しながら、皆さんにご挨拶をせずにグループから離れる。

駅構内のイタリア人らしき男性に、「西側出口はどこですか?」と尋ねると少し歩いてから「ここだよ。」という風に後ろを歩く私を振り返りながら顔で指し示してくれた。「有難う。」と英顔で言ってその出口に向かったけれど…。

ご親切にして頂いて申し訳ないのだけれど、この男性の顔が恐かった。肯定と言うより否定顔とでも言うような顔。(こちらではないのではないか。)等と考えながら出口に向かったもの。けれど歩きながらも徐々にその迷いは晴れていって、西側出口にたどり着いた。

人を顔で判断してはいけない。

何とかたどり着いたのは良いのだけれど安堵感からか、私は大変疲れてしまった。スーツケースの上に座り一服する。すると行き交う人々が私をチラチラ見る。これは少々具合が悪い。ホテルはここから近い。友人が待っているホテルに向かいますか。

そこから2、3ブロック先、左に曲がった場所にホテルはあった。レストランも無い小さいホテル。友人はフロントマンと、私が予約したシングルの部屋をツインに変更して欲しいと交渉していた。当時はパソコンなど無い。デスクに大きな台帳を出して、話をしていた。その話が終わった頃、私の到着。何とも間が良かった。
「ホテル代の差額は払ってくれる?」
「もちろん。」との友人の返事。

この後私たちは部屋に入り少し休んでから、ディナーを摂った。お店はホテルの真ん前のカジュアルレストラン。何を食べたか覚えていないけれど記憶にあるのは…。

「オリーブオイルを下さい。」ウェイターに頼む。
「はい。」
すぐには持って来ずお客さんと喋っている。暫くしても持って来ない。
「あの、オリーブオイル。」
「ああ。」そしてまたお客さんと喋る。

「また喋ってる~。」友人と大笑いした。ただその後はちゃんと持ってきてくれたけれど。

ローマのホテルにたどり着くまでにてんわやんわだった。だがこの道中の出来事で1つ書いていない事がある、
それは空港から駅のプラットホームに着いた時、女性2人組に「テルミニ行きの列車はここで待っていれば良いの?」と尋ねた時の事。女性たちは私の質問に関して、2人で何やら話していた。するとどちらかのお子さんの坊やに、機関銃で連射された。ダダダダッー! もちろんおもちゃ。やられた~!と倒れるふりをした。

イタリアに到着早々、可愛くもあり、少々手荒な歓迎ぶり。

明日以降の観光が楽しく、愉快で無事であることへの洗礼だったのかな?

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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