旅は私の宝箱
変わったもの 変わらないもの

「セーヌ川のクルーズをしようと思っているの。」
「そう。じゃあ、私は行くわ。明日ローマのホテルで会おうね。」
パリで落ち合った友人といったん別れる。落ち合う迄の話は、既にエッセイで書いた。
先に一人でヨーロッパを周遊していた彼女は旅費を抑えるために、夜行列車で今晩ローマに向かう。私は明日飛行機で向かう。
クルーズの船着き場はすぐに分かった。
場所はすぐに分かった。コースはパリ市内の川の東部から出て1周してここに戻る。地図をみても街を東西に流れるセーヌ川。ここを、乗船しながらパリを望むなんて素敵! 胸膨らませてブースでチケットを購入する。
「クルーズを1周するのにどれ位の時間がかかるの?」と英語で尋ねると、流ちょうな英語での返答に4(フォー)という単語が聞こえた。
「フォーアワー!?(4時間)」と英語で言って驚いていると、他の乗船客たちが「違う。違う!3時に出て、4時に戻ると言っているの。だから1時間。」と英語で説明してくれた。
恥ずかしいのよねー。[英語を話せますか?]と確認をして英語で尋ねると、流ちょうな英語で答えられる。こちらは単語を押さえて聴いていて、文章を理解していないからこのような事になる。けれど[何時間かかるの?]と訊聞いているのだから、[1時間。]と答えて欲しいのだけれどなあ~!
肝心のクルーズはと言うと…。
天気は曇りだったかな~。
船からの光景も感動するほどでは無かった。
その程度をボンヤリと憶えている。
イメージが膨らみ過ぎた観光が、実際試してみるとガッカリ。
まさに観光あるある。
さて下船して、歩いてホテルまで戻るとするか。パリ中心部のセーヌ川から1時間以上はかかったと思う。けれどパリで最後ろのディナーを楽しむべく、レストラン探しをしながらの散策は良いものだ。
しばらく歩いて中華レストランを見付け、お店の外のメニューを見て入る事にした。その時私はワンタンメンが食べたかった。メニューには無かったけれど。座席に着くと、中国人らしきウェイターが来た。英語で問い掛ける。
「ワンタンメンはある?」「ワンタンスープか?」と訊き返す彼。「それともヌードル?」と質問するので、「違うわ。スープ、ヌードル、ワンタンが入ったワンタンヌードルよ。」と答える。彼は(何を言っているの?)と困り顔。「ちょっと待って。」と奥に行った。
程なくするとフランス人らしきシェフが現れた。
「ワンタンメンが食べたいの。」
先程と同じような説明をしようとすると
「はい。わかりました。お作りします。」
とあっさり答え厨房に戻る。ウェイターから話を聞いていたはずだけれど、察しが良い。
近くに座っている日本人ご夫婦が笑っていた。隣のカナダ人男性は独りで食事をしながら「彼はあなたの言う事を理解していないよ。」と言うけれど(いや、私はワンタンメンに私はありつける。)と確信していた。
40歳位と思しきこの男性と暫く話をした。彼はカナダ人。「カナダは素晴らしい国だよ。1度遊びに来てよ。」「はい。」などと会話をしていたら、オーダーした“ワンタンメン”が運ばれてきた。
気持ちは昂る。
見たところ、ワンタンスープに麺を入れた代物。まあ、ワンタンメンとはそういうものか。美味とは言い難い味。けれどパリでメニューに無いものを作ってもらって食せるのは、思いもひとしお。値段は日本円で1700円位だったかな。あの頃(通貨がフランだった時代)の感覚としては、若干高め。けれどパリで食べるラーメンだもの。それ位は当たり前か。それにワンタンメンって、ひょっとして日本ならではの料理かとこの時感じた。中国人ウェイターのあの反応。初めて聞いたという様子だった。そんな特別オーダーメニューがフランスや中国でも流行らないかしら。
あれから何十年経っても思い出すあの情景。今は遠い場所になってしまったパリ。
治安は悪いし、物価は高い。
けれど変わらないのは、歳を重ねても物怖じしない私の性格。
プロフィール
古野直子
横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。
