エッセイ

春夏秋冬「ゆる伊豆」だより

南熱海・網代イカメンチ

熱海といえば、温泉に花火にビーチに海の幸、そして昭和レトロな夜の街…そんな華やかなイメージを思い浮かべる方も多いだろう。熱海市南部に位置する静かな港街「網代」が、旅のリピーターはもちろん移住希望者にも密かな人気を集めている。

相模湾の大海原を左に見ながら、国道135号線を南下。背の高い建物がひしめき合う熱海の街から一転して、ローカルな雰囲気が漂う、のどかな港街の風景が広がる。

南熱海・網代は、江戸時代「京、大阪に江戸、網代」と呼ばれるほど、諸国の廻船でにぎわっていたという。近年は近海漁業基地として繁栄。漁獲量は激減したが、今でも漁業が盛んな土地だ。海に浮かべた筏で鯛やハマチといった高級魚を養殖も行い、首都圏などの大都市へ出荷している。

また網代は、伊豆で沼津市と双璧をなす「干物の街」でもある。「ひもの街道」または「ひもの銀座」と呼ばれる国道沿いには、昔ながらのひもの販売店が軒を連ね、天日干しされた美味しい干物が並ぶ。そんな絵に書いたような漁師町に、名物料理「網代イカメンチ」がある。

イカメンチは、網代で昔から食卓に並んでいた家庭の味。 地元で水揚げされたアジやサバ、トビウオなどのすり身を、刻んだイカや野菜といっしょにつみれにし、焼いたり揚げたり茹でたりした郷土料理。家庭によって見た目も味も異なる。すり身がほんのり甘く、揚げかまぼこのように香ばしさもあって、ごはんのおかずにピッタリだ。

最近ではご当地グルメとしてイベントに出店するなど、街が力を入れている。名物となったきっかけは「和食処 味里」というお店だと言われているが、現在では網代の宿や食堂が、その店ならではの味を開発して販売。各飲食店のほか、「網代温泉ひもの祭り」などのイベントでも食べることができる。先日のイベントでは、フライにしたイカメンチをはさんだ「イカメンチバーガー」が注目を集めていた。

ちょっぴり地味だけど、地元でとれる山海の幸が詰まっていて、あったかい家庭の味がする。でもって、料理するほどに味わい深く、新たな美味しさを発見できる……。そんな奥ゆかしいご当地グルメ「イカメンチ」は、まるで網代という地区が持つ魅力そのものだ。じんわりと、ゆるく地元に根付き、永く愛されるご当地名物に育って欲しい。

プロフィール

小林ノリコ

伊豆在住フリーランス・ライター/伊豆グルメ研究家。東京の編集プロダクション勤務を経て、2005年から地元伊豆でフリーランス・ライターとしてのキャリアをスタート。2014年より静岡県熱海市を拠点に移して活動中です。47エッセイでは、四季折々の伊豆(たまに箱根)の風景や食を中心に、あまり観光ガイドに載らないようなテーマを、ゆる~くご紹介していきます。

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