エッセイ

47のシアワセを追いかけて

悠久な自然と時間、人の思いが醸す新潟の旅

囲炉裏でこんがりと焼かれたイワナに勢いよくかぶりついたとき、不意に「コロナは終わりだ」という思いが頭に浮かんだのでした。

私はこの3年間もときどき旅には出かけていたし、コロナ渦といっても何かを我慢したり、閉じこもっていたわけでもありません。
それなのに、本当に、そんなふうに思ったのでした。

 

思い起こせば2020年の春、日本が、そして世界が止まりました。

先行きの見えない中で、テイクアウトやリモートといった用語が日常になり、混乱を立て直し、影響を受けた人や組織を支える取り組みがあり。
医療従事者への応援を呼びかけたり、不要不急といわれて軽んじられた映画や演劇など文化施設への支援などもありました。

その中で、休業を余儀なくされていた温泉施設への支援プロジェクトもあったのです。

「今は行けないけれど、いつか泊まりにいきます」――

それはクラウドファンディングの一種で、宿泊費の一部を前払いすることで苦境にあえいでいる旅館を支えようとするものでした。そこで、温泉ソムリエの資格を取得していた私も、以前から行ってみたかった温泉旅館2つを選び、参加したのです。

1つは伊豆の伊東にある温泉宿で、翌年すぐに訪れました。

もう1つが新潟は栃尾又温泉の旅館でした。ラジウム泉で知られる古くからの湯治宿で、400年の歴史があります。冬はかなり雪深いのと、秘湯にもかかわらず根強い人気で予約がすぐに埋まってしまうため、そのうちにと思いながら3年が経ってしまい。

ようやく腰を上げた4月中旬、関東で桜の時期は終わっていましたが、旅館周辺にたどりつくとちょうど桜が見頃を迎えており、なんだか歓迎されているような気持ちになりました。

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さて温泉!
今は源泉掛け流しという言葉が安易に使われすぎている気もしますが、その宿は古式ゆかしき本物。大浴場の「霊泉の湯」は35度くらいのぬるめの温泉に1~2時間つかる湯治スタイルです。朝も夜も少なくない数の人が湯の中にじっと潜むように浸かっていて、ぴくりとも動かない。もちろんしゃべる人もいない。
ソロ活好きな私もひたすら浸かり倒しました。

なんだか、すっかり時間が止まったよう。400年の歴史を思えば、感染症拡大に振り回された2~3年も夢のようです。

醸造の町でタイムスリップ感を味わう

日本海に面して細長く伸びる新潟県は、南から上越、中越、下越に分けられます。温泉の後に立ち寄った長岡は中越エリアに位置していますが、花火で知られるだけでなく、「発酵のまち」でもあることを今回初めて知りました。

中越のお酒といえば八海山や久保田など、日本酒を代表する銘柄がいくつも。米どころでもあるだけでなく、冬場の豪雪がもたらす豊富な湧き水と雑菌の少ないきれいな空気がそれを支えています。

発酵・醸造のまちでつくられるのは日本酒だけではありません。
長岡のとなり駅、宮内にほど近い「摂田屋」地区には、日本酒の「吉乃川」に「長谷川酒造」、そして「越のむらさき」「星野本店」「味噌星六」と、醤油や味噌の醸造元が近距離にひしめいています。

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関東と越後を結ぶ三国街道にも近く、一角には戊辰戦争の歳に長岡藩の本陣になったという光福寺もあります。風情あふれる町並みに、タイムスリップしたような感覚に襲われます。

470年の歴史をもつ日本酒の蔵元、吉乃川の敷地内には、国の登録有形文化財を改装して「醸蔵」という酒ミュージアムが最近できたばかり。モダンなそのたたずまいであるのに、古い町並みにも不思議と違和感なくマッチしています。

一方で、古い歴史を感じさせながらも、圧倒的存在感がありまくりな!だったのが、旧機那サフラン酒の建物で、熟練の左官の手による鏝(こて)絵があしらわれた土蔵です。

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サフラン酒とは、20種類以上の薬草を調合してつくられたリキュールで、文京3年(1863年)生まれの創業者・吉澤仁太郎が売り出して大成功を博しました。

その吉沢が命じて作らせたのが十二支や花鳥風月で埋め尽くされた「鏝(こて)絵」の数々。斬新で、絢爛豪華な世界観は、まさしく唯一無二の仁太郎ワールド。

当時もきっと多くの人を驚かせたことでしょうが、情熱が人を動かし、手がけたものが現代にも受け継がれてまちづくりの拠点になっていることを思うと、仁太郎の笑い声が聞こえてきそうです。

時の流れに磨かれた歴史ある温泉や建造物に面し、真に価値のあるものは残ることを身にしみて感じます。よくも悪くも、時の無情さを思うのは私だけでしょうか。

東京に戻ると3年前に戻ったような外国人観光客ラッシュ。新型感染症に振り回された時代は過去のものになっても、それは人の力で克服したのではなく、ただ時間が過ぎて薄れていくだけだということに気づかされるのです。

プロフィール

杉浦美佐緒

愛知県出身。カメラマン・編集者を経てフリーライター。旅をはじめ、美容・健康・癒し・ライフスタイル全般を幅広く手がける。好きな食べ物は熊本の馬肉、京都のサバ寿司、仙台のずんだもち。憧れの旅人は星野道夫。旅のBGMは奥田民生の「さすらい」~♪

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