エッセイ

旅は私の宝箱

バリ島歩きは命がけ―インドネシア・バリ―

以前から憧れていたバリ島に5年程前のゴールデンウイークに夫婦で旅しました。滞在先はバリの中心地クタの南、クタトウバンという所でした。時期的に旅費が高いので、エアーチケットとホテルを自分達で予約した個人旅行でした。ツアーのようにお任せ旅では無いので夫婦で旅行前にガイドブックで下調べをして、やや緊張感を持ってバリ島に向かいました。

“漠然と抱いていたイメージと違う”
「ガイドブックには欧米人のリゾート地と書かれていたのでもっと垢抜けているのかと思った。」これが夫の感想でした。私もやはりガイドブックのバリのショップを見て、そのおしゃれな雰囲気をワクワク楽しみしていました。が、当然といえば当然なのですがまさにそこは東南アジア。雑多な建物と美しいとは言い難いクタビーチ。ショップもガイドブックと同じようで少し違う。拍子抜けしたのを覚えています。ただ人がみんな人懐っこく女性は小柄で可愛らしい。旅行中、道を間違え見当はずれな場所を歩いていたら、歩道に面する道路の向こうから車線を無視して3輪自動車がこちらに近づいてきました。「どうかしましたか?」というような事をインドネシア語でドライバーの中年男性に言われました。

あの時は…。
“それは車に乗せて欲しかった。”
でもネ~、さすがに見知らぬしかも外国人の車に乗るわけにもいかず…。「大丈夫です。」というような返事を泣く泣くしました。これ以外にも心温まるエピソードは色々あります。それなのに、あんなに愛すべき国民性なのに.交通事情は真逆のようで…。

アジアは総体的にインフラ整備がなされていません。バリ島も歩いていると側溝の蓋にヒビが入っている。
〝大丈夫?かな”
恐る恐る歩いた記憶があります。でもそれはまだ良いんです。もっと困るのは信号。特に歩行者用の信号がほとんど無い!交通量はあんなに多いのに。そして車やバイクは歩行者が道路を渡りたがっていても止まらない。あんなに小さい島なのに…。何をそんなに急いでいるのでしょうか?そして何処に行くのでしょうか? そんな風に言いたくもなりますヨ!あの時だって…。

クタの中心から少し離れた所で私達は道路を横断しようとしていました。けれど一向に車は止まってくれる気配が無い。

“どうしようー、これじゃあ陽が暮れちゃうよ~!”
絶望的な気分になっていました。と、ふと左方を見ると地元バリッ子と思われる2人の少女が道路を渡ろうとしているではありませんか。私は夫に声を掛け、その少女たちの左横に並びました。2人の少女は歳の離れた姉妹でしょうか?1人は中学生位、もう一人は幼児でした。道路に面して立っている私達の右方からひっきりなしに車やバイクが走り抜けていきます。と、僅かなタイミングありました。少女達が手をつないで道路を横断する。続いて私達も。なんとか道路を横断することが出来ました。「やあっと渡れた~」と日本語の安堵を漏らす私の顔をバリッ子の姉はチラッと見上げました。

そう、大のオトナの私達夫婦はまだ幼きバリの少女達を盾にして道路を横断したのです。
何故なら、あの少女達は幼くてもあの交通事情に長けているから。

そんなこんなの楽しく暑いバリから戻ると日本には5月の爽やかな風が吹いていました。気候の良い頃の日本脱出を少し後悔しましたがバリの人々の笑顔がその感情を打ち消してくれました。

自宅に戻りその晩はゆっくり休みました。翌朝目を覚ました私は「またバリのあの人達に会いたい!」ともらしました。横に寝ていた夫が言いました。「また会いに行こうか。」

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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