旅は私の宝箱
お名残り惜しい
お目当てのオーロラは期待外れ。夜空に広がるのは、白いトイレットペーパーだった。天の川と言われれば納得できるような代物。遠い向うに、ほんの少しエメラルドグリーンの光は見たけれど。場所はフィンランドのサーリセルカ。そこから首都のヘルシンキに南下した。
この日は終日自由行動。ホテルで朝食を食べてから、フェリーでバルト3国のひとつ、エストニアの首都・タリンに向かう。フェリーの船着き場はホテルからすぐ近くだし、出航時刻は11時過ぎだから時間はたっぷりとある。ゆっくりと食事をしますか。
テーブルは2人掛けで、隣のテーブルと寄せてある。私が食べていると、背の高い男の人が「隣に座って良い?」というような素振りをする。「どうぞ。」と頷く。斜め前の座席に腰かける前にその人は、かなり丹念にイスをナプキンで払っていた。(几帳面なのね。)と思いながら、私は食事をしながら、彼をチラチラ観察し始めた。
整髪料でヘアをオールバックにしている。紺のセーターをさっくり着ていて、黄土色のチノパンをはいていた。歳は40代後半かな?穏やかそうなルックスで、全体的な感じは北欧のヒトという感じ。
ス テ キ!
思い通りのオーロラを観る事は叶わなかったけれど、思いがけず朝からナイスルッキングマンに出会ってしまった!
けれどねー。
私は食事が済んでしまうー。席を立たなければぁ~。
あまりに去り難いので去り際に「HAVE A NICE DAY!」と声を掛けた。
こちらを向いて微笑む彼。
(さようならー!うう~、残念。)
何が残念かは自分でも不明。朝一番に美しい人の鑑賞と、朝食を終えた私は独り部屋に戻った。
しばらく部屋で休んだ後、フェリー乗り場に向かった。ホテルは埠頭近くにあったので、5分程で乗り場に着いた。その日は休日だったので待合室は大混雑。そこから乗船し、3時間半位で目的地タリンに着いた。
フェリーの昇降口は、地上よりかなり高い位置にある。坂を下りての下船。降りる途中、前方に旧市街が見える。昔の都、旧市街は城壁に囲まれている。迷う事無く、ものの5分歩いて着いた。道路を渡れば城壁のすぐ外側。けれどどうしたものかと考えてしまった。
(どこから中に入ればいいのかしら?)そう思っていると、背の高い赤いコートを着た女性が信号待ちをしている。(あの人に聞こう。)
何と話しかけたかはよく覚えていない。ただ、彼女が「中に入りたいの?」と聞き「そうよ。」と答えると「案内するわ。」その英語でのやり取りは記憶にある。そして唐突に私が「お金が無い。」と言った事も。彼女が何か考えているので「私はあなたにお礼を払えない。」と続けた。「そんなこといいのよ。」と笑いながら彼女は答えたけれど、外国ではお金に関してははっきりしておかないと。私だってこんな事言うのはイヤだったけれど、旅行中金銭的なトラブルを回避する為には致し方ない。
並んで歩きながら会話をする。「毎日オールドタウン(旧市街)を散歩しているの。私はタリン大学の教授よ。演劇学を教えている。たまに女優にもなるわ。仕事を愛しているの。あなたは何の仕事をしているの?」と問われ「私は妻よ。」と答えた。「えっ?」という風に理解出来ない様子の彼女に「夫がいて…。」と続けると「アアー。」と言って分かってくれたよう。そして途中、「ここは教会よ。」等と教えてくれた。何か説明が少しあったかもしれないけれど、言っている言葉を理解できなかったのか覚えていない。
旧市街を歩きながら(彼女はいつまで付き合ってくれるのかしら?)と思っていた。すると広場に着いた。
「さあここから、で散策したりカフェでお茶をしたりしてお過ごし下さい。」と言われた。丁度、一人でフラフラ歩きたかったので良かった。別れ際にお礼を言って、持っていた地図に名前を書いてもらった。その後の散策は、説明をしてくれるガイドが居なかったので充実したとは言い難い。
さてさて日本に帰国してから、旅で一番印象的だったあの赤いコートの女性の名前をインターネットで検索した。
ヒットしたわよー! 彼女に言う通り教授、舞台監督、女優さんでした。タリンでは有名なのかな? どの程度かは判らないけれど。是非お近づきになりたい!と思い、SNSに英語で〈覚えていますか?タリンでオールドタウンを案内して頂きました。あの時は有難うございました。〉と簡単なメッセージを送り友達申請をしたけれどマッチングは叶いませんでした。残念‼
憧れのオーロラを、しっかりと観る事が出来なかった旅。素敵な人や、ステイタスの高い異国の人たちも遠くから眺めているだけ。
それはサーリセルカの夜空、向こうの方にちらりと見えたエメラルドグリーンのオーロラの輝きを観たあの時みたい。
プロフィール
古野直子
横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。