五感で感じるエッセイ『イン・ラケ'ッチ!』
銀色の杏を求めて
待ちに待った北陸新幹線の開通に沸く石川県と富山県の県境。富山県氷見市にある創業明治5年の和菓子の老舗おがや。ここの看板商品に「ぎんなん餅」がある。
ぎんなんの実をすりつぶし、濾し、その汁を求肥(ぎゅうひ)に練り込んだ上品な和菓子である。子供の頃、氷見市出身の祖母から、よくお土産にもらった。
氷見市は隣の高岡市とともに、かの昔、万葉集の代表的な歌人、大伴家持が越中の守として滞在したゆかりの地である。それにちなみ、ぎんなん餅はその一つ一つに、家持がこの地で詠んだ歌を書いた敷紙(カード)が入っている。
ひととき、万葉の歴史を感じるそんな郷土菓子だ。
ぎんなん餅は、まるで赤ちゃんの肌みたいに滑らかでぷよぷよしていて、弾力のある求肥だ。つまんだ指先から全身へと幸福感が満ちてくる。
パクッとかじると、びよ~んとよく伸びる。シンプルな甘さと食感。
久々に味わったぎんなん餅は、あの頃と同じ優しさだった。
私たちの周りでは、日々、様々な物事が更新されていく。それは、必然だったり、誰かの努力だったりする。
けれど、何十年たっても変わらないものは、人を安心させる。
そう、変わらずにいることも、誰かの努力なのだ。
ぎんなん(銀杏)=イチョウの木は太古の昔から生存し、生きた化石と呼ばれる。虫がつきにくく枯れにくいため、長寿だ。人々はこの木にあやかって、健康と不老長寿を願った。ぎんなん餅のパッケージにも、大きなイチョウの木が描かれている。
ぎんなんは栄養価が高く、滋養強壮、老化防止、さらにはコレステロールを減らし、血圧を調節する働きがある。また、漢方薬としては肺の働きを高めて、ぜんそくを鎮める効果がある。
そういえば、ぜんそく持ちの祖父が、ぎんなんを煎ってよく食べていた。私が欲しがると、
熱々のを1粒だけくれた。喜んで口に入れたが、当時の私には、ぎんなんはただ苦いだけの食べ物だった。昔の人は食材の効能を今の私たちよりずっとよく知っていた。
そして、イチョウと言えば、別の意味で秋の風物詩である。
街を美しい黄金色に染めるイチョウ並木。
そこには、「銀色の杏」というロマンティックな名前とは裏腹に、独特の強烈なニオイで道行く人をぎょっとさせる銀杏が落ちている。
イチョウには、雄株と雌株があり、銀杏が生るのは雌株だけである。あの強烈なニオイは、酪酸とヘプタン酸によるもので、俗に足の裏の臭いと言われる。
足の裏の臭い、そりゃ、臭いはずだわ。
さらに、キンカンに似たオレンジ色の果肉には、たっぷりと脂肪が含まれていて、間違って踏んだり触ったりしたら、もう、大惨事である。
そんな取り扱い注意の銀杏だが、果肉部分を取り除き、乾燥させ、殻を割ると、中から美しい翡翠(ヒスイ)色の実が現れる。この実を茶碗蒸しや揚げ物にして、私たちはおいしく食べる。
銀杏、ドリアン、チーズ、ウニ、栗など、一番最初に食べた人の勇気を思う。猛烈な臭いや鋭いトゲのその先に、あんなにおいしいものが存在する事がどうしてわかったのだろう。
…勇気。
この秋は、ゴム手袋とマスクを着用して、銀色の杏拾いに挑戦してみようか。
…勇気の使い方が間違っているかもしれない。
プロフィール
白川ゆり
CASA DE XUX代表/アロマハンドセラピスト/アロマテラピーアドバイザー
2009年~ マヤの聖地を巡るワールドツアーに参加。パレンケや先住民が住むラカンドン村等、数々のマヤの聖地を訪れる。
また、国内外のマヤの儀式において、火と香りで場と人を浄化する「ファイヤーウーマン」を務める。
2011年~ マヤの伝統的な教えを伝えるワークショップを開催。
マヤカレンダーからインスピレーションを得たオリジナルアロマミストシリーズ「ITSUKI」を制作。