エッセイ

旅は私の宝箱

女帝の啓示

日本から一番近いヨーロッパ、ロシア。 ロシアといってすぐに思いつくのは広大な土地と北方領土の問題。ロシアに発つ前に近所のクリーニング店で交わした会話。春だけれどロシアに行くからコートをまだ出せないと話したら

「お仕事で行かれるのですか?」と聞かれたので

「いいえ、遊びです。」と答えた私。続けて

「北方領土を返還してくれるように言ってきます。」

「宜しくお願い致します。」

とお店の人に深々頭をさげられて日本を発った。

日本から首都モスクワまで飛び、そこからロシア第二の都市サンクトペテルブルクを訪れた。

サンクトペテルブルクはモスクワより北に位置する。ロマノフ王朝時代の都で、日本で言えば京都のような所。エルミタージュ美術館とエカテリーナ宮殿はとても有名でテレビでも時折放送される。その絢爛豪華な建物や美術品に憧れていた。

私はこれまで海外の様々な遺跡や教会、美術館等を見てきた。面白いものでこれらにも人と同じく写真映り、映像映えがある。今で言うインスタ映え。実際に素晴らしい景色の画像が今一つであったり、逆に写真やテレビで観た映像が素晴らしくても、目の前にすると正直(こんなものか。)と思ってしまう事もある。

エルミタージュ美術館やエカテリーナ宮殿の建物はこの後者だと私は思う。旅行前に得た情報で、自分の中のイメージが膨らみ過ぎたようだ。というのはある程度想定内。

海外旅行は想定外のオンパレード。当然悪い場合も沢山あるけれど、天にも昇るような想定外もちらほらある。エルミタージュ美術館にあるあの時計も…。

館内に入ると、先ずはテレビでもよく放送される絢爛豪華な大使の階段を上る。2階には眩い装飾が施された部屋(間)がある。天使の階段

その一つ、パビリオンの間にある「孔雀の時計」。かのエカテリーナ二世が愛人ポチョムキンから贈られた時計。ポチョムキンはロシアのクリミア併合の立役者。軍人、政治家として活躍した。その愛人から女帝への貢ぎ物とは淫靡なエロチシズムを感じるけれど、実際それを見た感想は

(こんな時計を男性から贈られるなんてうらやましい~。)

だった。大きめな金細工といった感じ。光り輝く金というよりは時間の経過の為か、さながらいぶし金とでも言うべきシックな光沢。ネジ式のからくり時計で孔雀がゆっくり動くのだけれど、残念ながらその様子を見学することは叶わなかった。

時計を贈ったポチョムキンは

(『貴方と共に時を歩んでいきたい。』というメッセージを伝えたかったのかしら?)

エカテリーナ二世の右腕として彼は手腕を奮ったようだけれど、あの時計からの風格は征服や成功をイメージし

(私達の未来はこの時計のように光り輝くのです。)

そんな二人の未来予想図が伝わってくる。

と、駆け足過ぎるけれどお次はエカテリーナ宮殿に向かう。

旅したのは数年前の4月の終わりでまだ寒かった。そのせいか空は青く澄んでいて高かった。宮殿の入口の外側で、チップもらいのバイオリン弾きがクラシック音楽を奏でる。曲名は分からない。入口から中に入ると整然と、品格のある宮殿が私達ツアーの一行を迎えてくれた。

宮殿内でお母さんに抱っこされている赤ちゃんと出会った。多分ロシア人の親子。私は赤ちゃんが大好きなので、その赤ちゃんのプワプワした腕を指で軽くツンと押した。日本でも親の目を盗んではこの赤ちゃんタッチをする。でも残念ながらいつも赤ちゃんにリアクションが無い。この時もそのまま行き過ぎたのだけれど、ここでも想定外があった。ふと気が付くとあの赤ちゃんが上目遣いで私を睨んでいる。

(今ボクのことつついたでしょ。まだ喋る事が出来ないと思って。)

とでも言いたげな表情だった。私は赤ちゃんと同じ表情をして彼を見返した。赤ちゃんに癒され、いやニラまれて宮殿の外に出た。

宮殿前の庭園を一人で歩いた。池が凍りつく程の寒さの中、薄いトレンチを羽織って一人歩く。寒いけれど空の青さが陽の温もりを感じさせ、聞えるバイオリンのメロディーは出来過ぎな程この雰囲気を演出してくれる。空を仰ぎながら、

『私はこの為に生きている!』

と強く思った。澄んだ空気と青い空。バイオリンの音色が、旅への私の愛着を更に強く高く青い空に押し上げた。

旅行前に【エカテリーナ二世】の本を読んだ。ロマノフ王朝時代、王の夫を幽閉させ王位に就き政治的手腕を奮った女帝。愛人の数は100人を超えるとも言われる猛女。その女帝が愛し愛された年下の彼からのプレゼントは後世の人々を魅了する。単なる美しい調度品というだけではなく、強いメッセージを放つ孔雀時計。

私が宮殿の庭園で感じた自分の生きる意味は、天からの声に違いない。エカテリーナ宮殿の主、エカテリーナ二世からの啓示。

【貴方の人生は旅そのもの。これからも世界中を巡ってその感動を世に伝えるのです。】

そう思うのは私の自由。

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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