エッセイ

旅は私の宝箱

販売人たちの行方

9月8日のモロッコの地震には驚いた。

行方不明者が3000人以上と言うけれどなかなか正確な数字は判らないのではないかしら? 救助に向かいたくとも現地に辿りつけないとの情報を聞く。このような事態に効果的な作業車が充分にあるとは思えない。災害時の対応のノウハウもどれ位救助スタッフに周知しているのか? あの国は大地震の発生を想定していなかったかもしれない。1度旅した事がある私の脳裏には赤茶けたトドラ渓谷が目に浮かぶ。そしてもう1つ浮かぶのは販売人たち。あのしつこくうるさい物品販売人、お土産の売り子。

モロッコに着いて最初の宿泊地はフェズのホテルだった。このホテルの外に販売人たちが待機していた。この時の物売りの攻勢は以前エッセイに書いた。ここの販売人たちは4人位居て比較的ベテランね。歳は30代後半位で小柄だった。良く売れるのかな? 当然縄張りがあるでしょうから。このホテルを出発してツアーで観光したのだけれど、要所要所に彼らはいる。

観光中に写真撮影スポットに立ち寄った。景色を観てさっと帰るのだけれど、ここにもいる、青い民族衣装を着ていて背が高い販売人(写真)。同じツアーの女性が言っていた。「写真を撮ってあげると言うからカメラを渡して撮ってもらったらチップをくれ、ですって。」60歳代と思しき女性は笑っていた。彼女は仕方なく小銭を渡した。すると3人位で「もう1枚―!」という風に近づいてくる。「NO~!」と手を上げながら添乗員が叫ぶ。

さあ気を取り直してバスでフェズのオールドタウンに向かう。到着すると現地ガイドが待機している。彼について迷路のような通路を歩く。昔栄えたこの町は、今では観光地と化している。当然ここの販売人たちも私たちに売り攻勢をかけてくる。横に並んで色鮮やかな小物入れやでんでん太鼓を勧める。買う人はいるけれど、私はガンとして買わない。すると売人が「マダム買った。マダム買った。マダム買ってなーい。」と(他の人は買ったのにあんただけだよ、買ってないの。)と購入者を指さし日本語で、私に買わせようとする。
(だからって何で私が買わなくてはイケないのよっ‼)
ガイドに従い皮の染色工場に、私たちツアー一行は入る。

工場で染色の工程などを聞き、最後にはお買い物タイムがある。ツアーにある典型的な立ち寄りスポット。1時間は居たのではないかしら? 見学が終わり工場の外に出た。

すると私の横にピタッと販売人が並ぶ。そして太鼓のセールストークが始まる。
(あれっ? さっきと同じもの。)
横を見ると先ほどの、工場に入る前の売人だった。なんとシャツを着替えている。
「あんたさっきの~。」
私が大きな声で叫ぶ。
「ヘヘー。」とモロッコ人特有の濃い顔立ちで笑う彼。1時間以上何をして待っていたのかしら? 着替えは持参していたの?様々な疑問が頭を過る。まあどうでもいいや。シャツを着替えたところで買わないもの。

ホテルの外のベテランから、観光スポットの若手の20代とおぼしき販売人たち。うるさいのだけれど何だか可愛げがある。他の国にもいるけれどこのように愛嬌は無い。

最近どうやら収まりつつあるコロナは彼らの仕事に大打撃だっただろう。そこに起きたあの大地震。どうか無事であって欲しい。

そしてあの、着替えての売り攻勢。
私は買わなかったけれど、発想やしつこさが窮地を乗り切る助けになるはず。

あの販売人たちには泣き顔は似合わない。遠く離れた日本から健闘を祈っています。

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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