エッセイ

世界の地元メシ

スペインで存在してないメニュー

日本でスペインバルやスペイン料理の店に行くと、割とよく見かけるのが「スペインのオムレツ」みたいな名前の、中にぎっしり野菜なんかが入った卵料理を見かけると思う。厚みのある卵生地の中に、乱切りした夏野菜とジャガイモなんかがぎっしりつまっていて、美味しいよね。

私も実際に現地に行くまでは、あれは、日本人にとっての卵焼きみたいにスペインで人気のある国民食レベルの食べ物だとばかり思っていたのだった。

当時、秋の休暇旅行で1か月ほどスペインに行くことになり、激安チケットを片手にローマのシャンピニオン空港からバルセロナに降り立った。

こんな風に書くと、セレブ気取りやがってとご立腹のご貴兄もいらっしゃるかもしれないが、実際、休暇時期のヨーロッパっていうのは、避暑地以外はどこも何にもやってないので、まともなコーヒー一杯飲めない。普通の人間的な暮らしをしたかったら夏用の観光地に避難しに行くしかないから移動しております。あいつら、本当に働かないな。

さて、名所的なところをあらかた周り、記念すべきスペイン第一日目の晩御飯でも食べますかね、と思って適当に見つけた店に入った。名物のパエリアを頼み、出てくるまでの30分を、エビのアヒージョとワインでダラダラと時間をつぶすことにした。

ふと、例のオムレツのことが頭に浮かんできたので、本場のものを食べてみたくなった。店員さんを呼んで「オムレツが載ってないけど、あれってバルセロナのものじゃないの?」という質問をしてみた。

1人目の店員さんは、マドリッド出身だったので
「僕の出身地にはありませんね。ちょっとまって、地元の子がいるから聞いてみる」

と言って、店員Bを連れてきたのだが、その彼も
「私はバルセロナから出たことないけど、少なくとも今日までそういうの食べたことない」

と言われてしまう。で、何人かの店員に伝言ゲームのように聞いているうちに、お喋り大好きスペイン人店員たち(働け)と店内の野次馬客がわらわらと集まってきてしまい、

「俺も知らねえ」
「そういうものを思い立って作ったことはあるけど、料理としてはないよね」
「卵の中にそんなもの入れるなんて、ありえない」
「どこのクソ田舎の料理だよ(笑)」
「てか、どんなの? 詳しく説明してよ」

ということで、私は持ってきてくれた紙とペンで、見た目と入っている具材やなんやらを事細かく書いて手渡したのだが、全員一致で「知らねえ」「食ったことねえ」だった。

「えー?でも日本ではスペイン料理屋ではみんなこれ『スペイン風オムレツ』って感じの名前で出しているよ?」

と応戦しても1:20人くらいだし、そもそも現地の人なので情報量として全く適わない。

気が付いたら店長やシェフまで参加してきて(働けよ)、私の頭の上で「バルセロナにおけるスペイン風オムレツに関する諮問会議」が繰り広げられている。決議の結果

「そのメニューはスペイン全土のどっかにあるのかもしれないが、絶対にド田舎のメニューに違いない」

で満場一致したところで、パエリア登場で会議は終了した。

というわけで、あのオムレツってないらしいよ。でも、私が手渡した詳細レシピはあの店に手わたっているわけだから、もしかしたら今は、バルセロナ名物とか言い出しているのかもしれないな。

プロフィール

ほしのしょうこ

25年ほど雑誌・WEBマガジンなどで記事を書き散らしているフリーライター。 副業でWEBデザイナー崩れもしている。趣味は散歩と仕事。重度の放浪癖があり世界を鞄一つで浪漫飛行していた。現在は頑張って日本に定住中。

写真
このシリーズの一覧へ
エッセイをすべて見る
47PRとは
47PRサービス内容