エッセイ

47のシアワセを追いかけて

【番外編】 法廷の壇上から見えたもの ~裁判員裁判の1週間~

ある秋の日、ポストに届いたのは東京地方裁判所からの郵便物でした。
突然のことで、「えっ、私、訴えられたの?」と思ったほど。ドキドキしながら開封すると、そこには裁判員の候補に選ばれたことが書いてありました。

次に通知が来たのは春先で、1ヶ月半後に裁判員の選任手続きがあり、国会議員や法曹関係、あるいは諸処の事情がある人を除いて原則辞退できないとあり、東京地方裁判所に出向くことになりました。しかし、この時点ではまだ裁判員になるかどうかは決まっていません。

[月曜日]
地下鉄桜田門駅を降り、数人の警備員が入り口を塞ぐようにして立つ堅牢な門構えのあたりに赴くと、険しい目つきをした初老の警備員が私の前に立ち塞がります。思いがけない圧迫ぶりにしどろもどろになり、バッグから書類を出して説明しようとすると、横にいた若手の警備員がさわやかに「ああ、地方裁判所は隣りですよ~」と一言。
おっと、そこは法務省の入り口だったのでした。完全におのぼりさんなワタシ。
逃げるようにその場を後にすると、隣りにある地裁の前は人でごったがえしていました。傍聴希望者と同様に荷物検査を通過します。
(※写真中央の重厚なレンガの建物が法務省で、奥に見える近代的な建物が東京地方裁判所です)

無事に裁判員候補者の集まる部屋にたどりつくと、ここでは至れり尽くせりのお客様扱い。室内ではすでに老若男女20人ほどが待っていました。手続きが始まると今回の事件が明かされ、その関係者は裁判に参加できないため申し出るように、といわれます。そうでない人の中から裁判員6人と補助員2人が抽選で選ばれます。

ここまできたらやってみたいような、怖いような。
いやいやこんな平日に時間を取られるのは……と複雑な気持ち。ぐるぐると思いをめぐらしながら待っていると、なんと私の番号が呼ばれ、選ばれたことがわかりました。

今回扱う事件は「わいせつ略取」と「強制性交等致傷罪」というもの。略取とは、暴行・脅迫によって自由を奪い、人を支配下におくことです。
まったく知らない事件でしたが、TVニュースでも流れており、27歳の会社員の男性が都内の繁華街で40代の女性に声をかけてホテルに連れ込み、性的暴行を加え、数週間のけがを負わせた、というものです。

選ばれた裁判員と補助員、計8人の内訳は女性6人・男性2人。こんなに女性が多いと被害者に有利な判決になるのでは……?というのが最初の感想でした。

[火曜日]
いよいよ審理が始まります。
裁判官3人は、若手、中堅、ベテランの3人で構成されています。六法全書を携帯し、法廷では何色にも染まらないという意味を込めた黒い法服をまとうことを除けば、どこにでもいる普通の会社員といった雰囲気。素朴な質問にも意外なほど気さくに答えてくれます。

裁判員裁判では、壇上の人数も多くなるため比較的大きめの法廷が選ばれます(写真参照)。
3人の裁判官を真ん中に、左右に裁判員が3人ずつ並び、補助裁判員は後ろに。まさか法廷で裁判官の隣りに並ぶことになるとは思いませんでした。

被告人が席につくと合図が送られ、裁判官に続いて裁判員も壇上へ。被告人が神妙な面持ちで座っているのがよく見え、右に検察、左に弁護人、傍聴席も結構うまっているなあ……と興味深く見下ろします。

まず検察から事件のあらましを聞きます。密室での出来事が白日のもとにさらされるという感じ。証拠の画像や動画が法廷内に流れますが、被害者の顔にできた大きな青あざ、全身の傷の痛々しいこと。

被告人は一見、ごく普通の20代の若者です。日頃の仕事ぶりや妻との関係(なんと既婚者)、事件当日の行動や性癖などが赤裸々に語られます。
証人である被告人の父親への証人尋問、被告人質問では、必要に応じて裁判員も直接質問をすることができます。すでに自白し、罪を認めているため、法廷ではおもに量刑を争うわけですが、自己を正当化する甘さ、身勝手さ、幼さに憤りを覚えます。

意外だったのは、配られた裁判資料がまるでプレゼン資料のようであること。
(ここって新商品のコンペじゃないよね?)と思うほど、事件のポイントや考慮すべき点、求刑などが事細かにパワーポイント風にまとめられ、びっくりするほどわかりやすい! 

審理がおわり、評議の部屋に戻ると、年齢、性別、経歴もさまざまな裁判員たちがそれぞれの立場から意見を出し合います。みなさん積極的。集まった人によっても違うでしょうが、いろんな意見が出て、非常に考えさせられるものでした。

被告人の浅はかな行為に呆れ、糾弾する一方で、被害者がなぜついていってしまったのか、もっと早い時点で助けを呼べなかったのか、と被害者側への疑問も浮かびます。

[水曜日]
いよいよ被害者の女性の証言。実際に被害者が登場すると事件がいっそうリアルな様相を及びます。
事件の性質上、被害者のプライバシーに配慮して、被告人や傍聴席からは見えないように囲いをされています。裁判官からはみえるわけですが、時節柄マスクをし、うつむいてはいるものの、魅力的な女性なのがわかります。しっかりとした口調に、(どうしてこの人が)と思うものの、彼女には彼女の理由があり、事件当日のくだりには声をつまらせるなど、胸に迫るものがあります。

午後から本格的に評議の開始です。
事件の問題点を挙げ、時間をかけて双方の主張の妥当性を吟味します。検察、弁護のどちらにも肩入れすることなく、集められた証拠や証言をもとに、かなりの時間を割いてじっくりとみきわめます。

被告人の更正を重視するか、被害者感情に重きを置くか。
被告人の反省の弁を認めるか、被害者に落ち度はないか。
双方の思いや事情、2つの人生の物語が交差します。
すぐに答えは出ません。

[木曜日]
この日は終日、意見交換を行います。
検察の求刑は9年。弁護士側は6年。判例のデータベースから他の事例をみると、同様の事件とはいっても幼い子どもが被害者になるケースや書くのがためらわれるほど凶悪なケースもあります。

性犯罪の場合、今後のためにも刑は重くするべきでは……と思っていましたが、裁判員によって意見も分かれます。やったことは悪いとしても、あの若者がこれから数年にわたって刑務所に行くことになるわけですから、人生がかかっています。とはいえ、同時に沈鬱な表情を浮かべていた被害者の顔も浮かび、自分の考えも揺れます。

裁判官は、全員の意見が出尽くすまで耳を傾けてくれ、判決にも思っていた以上に意見が取り入れられて主文の内容や量刑にも反映されます。

裁判官と裁判員、全員の意見を出し合い、話し合いの結果、ようやく量刑が決まります。

私が出した年数よりも判決は1年軽いものになりました。ほっとしたような、本当にこれでいいのかと迷うような、やっぱり複雑な気持ちです。

[金曜日]
この日は最後の評議。裁判官が仕上げた判決の主文を裁判員全員で確認します。
そして、いざ判決へ。
判決の申し渡しはわずか10分で終了。被告人の表情はかわったようには見えず、(本当に反省しているのかなあ……)と心配に。とはいえ連日の地裁通いもこれで終了です。

思うのは、法律をもとに「裁く」といってもやはり「人間が決めるもの」ということでした。
冒した罪を量刑という「数」であらわすことや、客観的な判断をする難しさ。
「罪をつぐなう」ことはできるのか?という疑問。
わかっていたことでしたが、これはなんと難しい仕事だろうかということでした。

裁判員裁判は司法に対する理解を深めるという目的で平成21年にスタートした制度です。素人が参加するのだから、軽い事件を扱うのだろうと勝手に思っていましたが、殺人、放火など重い事件が選ばれるのだとか。裁判官が決める通常の場合より量刑が軽くなる傾向と重くなる傾向の両方があるそうです。

ちなみに、ここでの評議内容の詳細は外に出してはいけないものですが、法廷で扱われたことは公になっているもの。この裁判員の経験を語ることはむしろ趣旨にかなうものとなるそうで、私もここにまとめさせていただきました。
おまけとして、初日の選任手続きから連日の評議には、少なくない額の日当がでて、これは国家公務員と同等のれっきとした「お仕事」です。

私自身、性犯罪はもとより、司法の世界にも興味がわき、当事者の心情はもとより、裁く側にも思いをはせるようになりました。また傍聴にもいってみたいなと。
あら、これは思うツボ? まあいいか。
実に、実に、興味深い1週間でした。

プロフィール

杉浦美佐緒

愛知県出身。カメラマン・編集者を経てフリーライター。旅をはじめ、美容・健康・癒し・ライフスタイル全般を幅広く手がける。好きな食べ物は熊本の馬肉、京都のサバ寿司、仙台のずんだもち。憧れの旅人は星野道夫。旅のBGMは奥田民生の「さすらい」~♪

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