エッセイ

47都道府県 イラストで名所巡り♪

福井県「東尋坊」春

今回は、サスペンスドラマの名所としておなじみの、福井県「東尋坊」が舞台です。

子どもの頃、私はサスペンスドラマが大好きでした。特に夕方に再放送されていた「火曜サスペンス劇場(火サス)」は、夢中で観ていた番組です。

新幹線を使ったトリック、密室での完全犯罪、別荘で起こる富裕層の殺人事件……。どれも刺激的で、大人の世界をこっそりのぞき見しているような気分でした。まだアニメ『名探偵コナン』も始まっていない時代。小学生ながら、少し背伸びをしてミステリーの世界に浸っていたのだと思います。(ちょっと早熟ですよね、笑)

そんなドラマの終盤に、決まって登場するのが断崖絶壁のシーン。
追い詰められた犯人が海へ身を投げたり、もみ合いの末に足を滑らせたり……。落ちたのかどうかはご想像にお任せします、と言わんばかりに靴だけが残されていることもありました。そして響くパトカーのサイレン、駆けつける刑事、流れ出すエンドロール。
子ども心に、「断崖絶壁が出てきたら、そろそろクライマックスだ」と感じていたのを覚えています。

そんな強烈な印象を持つ場所、福井県・東尋坊。
今回も、絵とともに創作小説を楽しんでいただけたら嬉しいです。

「凛として、ありのままに。」

私が小学校低学年の頃、近所にフランス人の研究者一家が暮らしていて、そこに私と同い年の女の子がいました。名前はシャルロットといい、金髪で青い目のお人形みたいな女の子でした。

私もシャルロットも遠くの学校に通っていたため、近所に同じ学校の友だちはいませんでした。放課後は自然と路地に集まり、近所の子どもたち数人で、けんけんぱや鬼ごっこ、缶蹴りに夢中になっていました。

シャルロットは日本語がほとんど話せず、身振り手振りと片言の単語で一生懸命に気持ちを伝えようとしていました。でも遊びのルールがうまく分からず、時々ルール違反をしてしまいます。言葉が通じないことで輪に入りきれず、心ない言葉を向けられることもありました。

「シャルロット嫌い」
「あっち行って」
「入れないようにしよう」
低学年らしい、遠慮のない残酷さでした。

日本語が分からないシャルロットは、平気な顔をしているように見えました。分かっていて、気づかないふりをしていたのではないか。そう思うと、胸が痛みました。

私はできるだけ優しくしようと思っていました。けれど正直に言えば、シャルロットのせいでゲームに負けると、少し面倒に感じてしまうこともありました。わざと同じチームを避けたり、心の中で「同じチームになりませんように」と願ったり。

そんな自分を、「なんて心の狭い子なんだろう」と思い、自己嫌悪に陥ったことを今でも覚えています。

夏休みの終わり頃、シャルロットと、近所のあさこ、そして私の三人で遊んでいた時のことです。少しずつ日本語が話せるようになっていたシャルロットが、ぽつりと言いました。
「あした、わたし、フランスにもどる」
突然のことで、言葉が出ませんでした。
いなくなってしまう。もっと優しくできたはずなのに。胸がぎゅっと締めつけられました。

シャルロットは言いました。
「ユミとあさこ、わたしにやさしくしてくれた。だいすき。いままでありがとう」
そして、エッフェル塔の形をしたキーホルダーを差し出しました。
「フランスにあそびにきて」
「うん」
そう答えて、私はキーホルダーをぎゅっと握りしめました。

別れた後、心の中は複雑でした。本当は煩わしく思ったことも、避けてしまったこともあったのに、シャルロットは私を「優しかった」と覚えていてくれた。その事実が、かえって胸に刺さりました。
もっと仲良くすればよかった。
もっと優しくすればよかった。

そんな思いをしたことも、ずっと忘れていました。でも、20年の歳月を超えて、その記憶がよみがえったのは先日、シャルロットが突然、福井の実家を訪ねてきたからです。

その日は偶然お盆休みで実家に戻っていました。インターフォン越しに、流暢な日本語が響きます。
「お久しぶりです。前に住んでいたシャルロットです」
一瞬、頭が真っ白になりました。ドアを開けると、そこにはあの頃の笑顔はそのままで大人の美しい女性が立っていました。
「シャルロット……?」
子どもの頃、お人形のように可愛らしかった彼女は、三十代になった今もその面影を残しながら、凛とした大人の女性になっていました。

フランスに帰ってからも日本語の勉強を続け、シャルロットの父と同じく大学では日本文学を専攻したそうです。日本旅行の途中、懐かしい福井と、私のことを思い出して訪ねてくれたのでした。

私は東京で一人暮らしをしており、その日はたまたま帰省中。偶然を通り越して、何かに導かれたような再会でした。シャルロットは翌日まで福井に滞在するとのこと。ホテルをキャンセルしてもらい、私の実家に泊まってもらうことにしました。そして翌日、一緒に東尋坊へ向かいました。

春の東尋坊は、サスペンスドラマで見るような寒々しさはありませんでしたが、想像以上の迫力でした。ごつごつとした岩肌、足がすくむほどの断崖絶壁。遠くまで澄み渡る空と海。強い海風にあおられ、乱れる髪を押さえながら、私たちは「怖いね!」と日本語と英語を交えて笑い合いました。

シャルロットが言います。
「日本らしい景色ね。日本の美しさの一つは、そのもの持つ存在にあると思う」
「どういう意味?」
私は、シャルロットが日本のどこに美を見出しているのか、もっと深く知りたくなりました。
「例えばこの岩を見て。何万年もの間、荒波に削られ、風に叩かれ、残ったものだけがここにある。人間が手を加えるのではなく自然が自ら選び取った形。『ありのまま』の姿に、私は圧倒的な力強さを感じるわ。時代を超えて変わっていく岩肌や、砕け散る一瞬の波しぶきさえも美しい。それが、私の中の『日本』のイメージと重なるの。日本人は人間が作ったものだけを「美」とするのではなく、人間が支配出来ないもの、あるいは目に見えない『無』の中にさえ価値を見出すでしょう?」

「確かに日本は、自然のままの姿に美を見出そうとする文化があるよね。でも、私はフランスの完璧な調えられた芸術や文化も本当に素晴らしいと思っているけれど。シャルロットにはどういった違いがあると感じる?」と聞くと、彼女は少し考えてから続けました。

「フランス人は自然を愛しているけれど、同時にそれをコントロールしようとするの。例えばフランスのベルサイユ宮殿の庭園のように、人間が自然を支配して、完璧な黄金比や対称美を作り出すことに情熱を傾ける。それは意志による『構築の美』ね。でも、日本はこの東尋坊のようにデコボコした岩肌や、名もなき草の生命力ですらも美しさを見出す。 自然を支配せずその奔放な姿をそのままに、移ろいゆく儚さも『美しい』『愛しい』と受け入れる『受容の美』だと思うわ。その日本の凛とした感受性は、私には尊く見える。」

日本文学を研究してきた彼女らしい洞察力ある考えだった。
シャルロットは水平線を見つめながら静かに言いました。
「私の中には、小さい頃に根付いた『日本』の魂が、今も残っているの。日本で過ごした時間は、楽しくて、美しくて、大切な思い出よ」
その目に、嘘はありませんでした。

彼女にとっての日本は、あの頃の痛みさえも包み込んだ、美しい記憶として残っていました。 幼い頃、言葉が通じないもどかしさの中で、必死に「ありのままの自分」を受け入れてもらおうともがいていた彼女の姿が、今の言葉と重なって胸が熱くなりました。

シャルロットの言葉を聞きながら、長いあいだ胸の奥に沈んでいた小さな悔恨が、そっと溶けていくのを感じました。

あの夏の日、彼女がくれたエッフェル塔のキーホルダーは、いつの間にか失くしてしまったけれど。でも、彼女が残してくれた「だいすき」という言葉と、まっすぐな眼差しだけは、私の中でずっと色褪せずに残っていたのだと気づきました。
言葉が通じるようになった今、私たちはたくさん話せる。
前よりも、ずっと近くなれた気がします。

東尋坊の断崖の上で、時間を越えて、もう一度友だちになれたような……。
そんな、不思議で温かな春の一日でした。

プロフィール

本山浩子

東京都出身 イラストレーター 人物のハッピーでキャッチーなタッチと風景の和む優しいドラマを感じるタッチで出版・広告等で、大人から子供向けまで幅広い世代に愛されるイラストを手掛ける。2013年に読売新聞夕刊で毎週「本山浩子の駅前とことこ」で散歩イラストエッセイも連載。
47エッセイでは旅に出たくなるような47都道府県の名所のイラストを楽しく描き綴る。
公式サイト

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