台風の影響による欠航が続いて、波照間島で帰宅難民となった私と友人は、同じ民宿に泊まる難民仲間や民宿のオーナーと、深くて濃い関係を築いていた。

その朝、みんなで薬草摘みにでかけた。島には自生している薬草がたくさんあり、漢方薬のように煎じて飲むのだと言う。私たちは図鑑を頼りに島のあちこちを回り、目当ての薬草を見つけては引っこ抜き、車に積んでいた。

正午少し前。オーナーの携帯電話が鳴った。
「１２時半に船が出るって。漁船が」

みんな、一瞬躊躇した。
この数日間、私たちは毎日食事を共にし、一緒に海に行き、島巡りという名の探検をした。「仕事」や「家族」や「人生」について、普段しないような話を、夜更けまで飲んで語り合った。オーナーはいつも真っ先に酔っぱらい、赤い顔をしながら、みんなの話を親身になって聞いてくれた。
毎日が楽しくて、温かくて、私たちは、いつか来る別れを考えないようにしていたのだと、気づいた。

選択の余地はなかった。これを逃したら、次はいつになるかわからない。慌てて民宿に戻り、荷物をまとめ、バタバタと港に向かった。

小さな港は、島中の帰宅難民とそれを見送る民宿の関係者で賑わっていた。

漁船はほぼ定刻通りにやって来た。この漁船で西表島まで行き、そこから高速船に乗り換えて石垣島に戻るのだ。オーナーは、私たち一人一人に青いバナナをくれた。このバナナが黄色く熟す頃、はるか遠く離れた都会で、私たちは何を思うのだろう。

乗船客全員がライフジャケットを着て、船に乗り込む。
船が港を離れると、手を振る人たちがみるみる小さくなっていく。顔も分からないほど遠く離れても、オーナーは手を振り続けている。その姿に、グッときた。
ありがとう、オーナー。ありがとう波照間島。また会う日まで。

その時、船が大きく揺れた。ザッブーーーーン。バシャッ！

私たちは全身に水しぶきを浴びた。漁船は縦に円を描きながら、下から上へ上から下へと、絶叫マシーン並みに揺れた。
船内は静まりかえり、誰も口を聞かなかった。ザッブン、ザッブンと波の音だけが聞こえている。全員が吐き気と闘っている。気持ち悪い。猛烈に気持ち悪い。

「どいて！」 限界に達した友人がよろけながら立ち上がり、船のヘリを掴んで身を乗り出した。その前方の斜めになった水平線に、島影が見えた。西表島だ。

神様、これって、現実社会に戻るための洗礼ですか？

現実って、厳しい。オエッ。