エッセイ

春夏秋冬「ゆる伊豆」だより

稲取の「肉チャーハン」が恋しい季節

つるし雛祭りや港の朝市などで知られる賀茂郡東伊豆町稲取。静岡県内随一のキンメダイの漁獲高で知られる小さな港町だ。
この町で空腹を満たすなら、ここだけの話、キンメダイ料理よりも断然「肉チャーハン」をお薦めしたい。卵チャーハンに、肉野菜炒めの”あんかけ”がのった「肉チャーハン」。これが一度食べるとクセになるほど、抜群に美味いのだ。
元祖は、稲取の街なかにある創業50余年の老舗「かっぱ食堂」。戦後の食糧難の時代を生きたこの店の先代が、「おなかいっぱい食べて欲しい」という思いから考案したのだとか。今ではこの近隣に「肉チャーハン」を出す店が十数軒でき、キンメダイに次ぐ稲取の名物となっている。

チャーハンもあんかけも、驚くほどにボリュームたっぷり。各店ごとに味付けや具材はさまざまだが、おいしさの極め付けはやはり、シンプルな卵チャーハンと具たっぷりのあんかけ。このふたつの味のバランスではないだろうか。
トロリとしたあんかけを、パラパラのチャーハンとダイナミックに混ぜ合わせて食べるもよし。レンゲですくったチャーハンの上に、あんかけを少しずつのせて食べるもよし。夢中になってかき込んでもいいが、ここは両者の絶妙なハーモニーをゆっくり味わって欲しい。

初めて食べるなら、季節は開放的な夏がいいだろう。
熱々の「肉チャーハン」を、しっとりと汗をかきながら「ハフハフ」と息を切らせて次々と口へ運ぶ。雑念を振り払え!余計なことを考えてはいけない。舌の上で激しくジルバを踊る、あんかけとチャーハンの味のみを、ただ感じるのだ。サザンオールスターズの名曲「チャコの海岸物語」のフレーズが脳内を駆け巡る。あんかけとチャーハンの恋は南の島へ飛んだ!(どちら方面の皆様にも大変申し訳ない)
ここは湘南ではなく伊豆だけど、とにもかくにも、そんなエモーショナルで濃厚なフィーリングの味なのだ。

ボリューム満点の肉チャーハンを目の当たりにして、驚き戸惑っている女性が、いとも簡単にペロリとたいらげてしまう瞬間を、私は何度も目撃している。たぶん彼女たちは近いうちに、あの味を求めてまた稲取を訪れることになるだろう。肉チャーハンは、それほどまでに人を虜にする、恐ろしいほど魅力的な名物料理なのである。

プロフィール

小林ノリコ

伊豆在住フリーランス・ライター/伊豆グルメ研究家。東京の編集プロダクション勤務を経て、2005年から地元伊豆でフリーランス・ライターとしてのキャリアをスタート。2014年より静岡県熱海市を拠点に移して活動中です。47エッセイでは、四季折々の伊豆(たまに箱根)の風景や食を中心に、あまり観光ガイドに載らないようなテーマを、ゆる~くご紹介していきます。

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