エッセイ

旅は私の宝箱

泣いた後に-スペイン-

雨が上がった。

午後の2時半頃ホテルを出る。前には川が流れている。左側に歩いて行くと向こうの方に山が見える。その手前にはピンクや白の4、5階建ての住宅が何棟かある。その光景はほんのりと穏やか。私の心も明るくなる。

この日の朝、フランスに接したオンダビリアという町を出る時小雨が降っていた。それから一人、バタバタのバス移動でここビルバオに着いた。移動日の生憎の雨が、逆にこの街の演出に一役買ってくれた。

少し歩くと右側に信号があった。そこを渡って川の橋を歩く。

”眺めは最高!”

[インスタ映え]
とばかりに川をバックに右手を出来るだけ伸ばし、カメラに自分をフレームインさせて自撮りしようとした。すると通り掛かりの眼鏡をかけた男性がこちらをチラチラ見ている。

「お撮りしましょうか?」と英語での親切な言葉に、

「ありがとうございます。」と素直に甘える。

このポジションの向う側は、先程目にした山とカラフルな住宅がバッグになる。数枚撮った後、男性と私は(あちら側でも。)という無言の同意で反対側をバックにして写真をまた撮る。一通り撮影して頂いてお礼を言いながらカメラを返してもらう時、男性の手提げバッグの中がちらりと見えた。むき出しでフランスパンが入っていた。少し衛生面の難を感じながらもヨーロッパさを感じる。そう、ここはガイドブックによるとスペインの【アートな街】、ビルバオなのだ。

ビルバオ

確かにここに到着時、バスを街の中心部で降りホテルまで歩いてきた途中『スビスリ橋』なるとても立派なアーチ型の橋を通った。そしてこの街の数少ない観光スポット、巨大なオブジェのような『グッゲンハイム美術館』と共にその存在はシンボリック。芸術性の高い街という案内にも頷けるのだが私の感想は、

(まるでオランダのアムステルダムのよう~!)

私はオランダに行ったことがない。けれどそう感じてしまった。

橋から先を見ると緩やかな石畳の坂が続いている。そこを路面電車が走る。立っている橋の下に川が流れ、遠くには山や色鮮やかな家々が並ぶ。私の抱いているアムステルダムのイメージそのもの。

ちょっと興奮気味に

(聞いていたのとは話が違うじゃない!)

と言いたくなる。無論、いい意味で。旅行前は【アートな街】に心弾ませていたけれど想像以上と言うべきか、想定外の街の雰囲気に心が踊った。そしてもう一つ旅行前の予想に大きく反することがあった。それは天気。事前の北スペインの天気予報は私の心をどしゃ降りにした。

海外旅行前はいつも〔世界の天気〕というサイトを参考にしている。4、5日先ほどの予報を確認出来て重宝している。これを見て衣類の支度をするのだけれど、今回の北スペイン天気予報は雨、雨、雨。

「よくもまあ~、あんなに雨が降るものだわ!」

と知人に話した程。旅先での数日の雨予報。今回の旅行は一人旅。知らない土地に着いて雨の中、スーツケースを引きずって歩くなんて不安と憂鬱で心が重い。出発前夜、あんなに気持ちが下がったことは恐らく初めてだろう。なのにスペインに着くと

「雨って言ったのダレー⁉」

と言いたくなるような天気だった。

スペイン

旅の始めはスペイン北部のビルバオ空港に到着した。それからシャトルバスでサンセバスチャン市内に着いたら快晴。旅行時の季節は4月だったのだが、次の日観光客で賑わう海沿いを歩いていた時は春にしては陽射しが強すぎた。雨降りの支度はしていたけれどUV対策、サンサン照りの用意はしていなかった。日傘や帽子は持っていない。陽射しを受けながら一人で何度も「天気良すぎ‼」と呟いていた。それからオンダビリアに移動してビルバオにバスで戻って来た。バスはサンセバスチャンの海岸通りを走った。車窓から見える景色は、昨日の様子とは打って変わって違う暗くて人通りの無い寂しいビーチだった。

ビルバオのホテルにチエックインしてから外に出る時は、さながら目隠しをして誰かに手を引いてもらったかのよう。ホテルを出て数歩いたところで目隠しをそっと外されたらあの美しい山や住宅が目の前に広がった。

とっておきのギフト。雨が止んだ後に織りなす情緒ある光景。

あの時私は、ビルバオにそっと肩を抱かれていた。

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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