エッセイ

五感で感じるエッセイ『イン・ラケ'ッチ!』

『ヤギの行方』/波照間島滞在記(3)

島での滞在、三日目。相変わらず、出航の目途は立っていない。

その夜、近所のカフェで三線(さんしん)のライブがあると聞き、みんなで出かけた。会場には、約20名が集まっていた。そのほとんどが、私たちと同じ身の上(=帰宅難民)であろうと思われる。  まず、お弟子さんが、前座で登場。彼は、島の青年会の会長を務めているそうだ。続いて、親戚のおじちゃんのような気楽さで、師匠が登場。雑談の流れで、なんとな~く演奏を始めた。この、なんとな~くがこの島の流儀なのだ。

だが、その演奏には、何とも言えない迫力があった。沖縄の方言で唄われる民謡は、胸の深いところにズンズンと響いてきて、私たちも、わからないながら合いの手を入れ、大いに盛り上がった。 ライブが終盤に差し掛かった頃、お弟子さんが、上気した顔で言った。

「こんなにたくさん女性がいるのなら、明日、青年館で合コンをしましょう。ヤギを捌(さば)いておもてなしします」

…ヤギ?!

私と友人は顔を見合わせた。一昨日、私のアイスクリームを強奪した、眠そうなヤギの顔が浮かんできた。 ヤギは、この島の重要な食料であり、それを捌くというのは、恐らく最上級の「お・も・て・な・し」なのだろう。

食べるという行為は、「命を頂く」事である。だから、私たちは食事の時に、「いただきます」と言う。他の命を奪い、摂り込んで生きている。だけど、最初に、「食べ物」としてではなく、「生き物」として彼らに接してしまった。もし、この先も、ヤギの肉を食べる機会があれば、その度に彼らの顔を思い出すだろう。 この島は、何か心の深い場所を揺らす。

「ムリだ…」
私たちは互いにそうつぶやいた。

翌日。私と友人は、近所の路地を歩き回った。ヤギはどこにもいなかった。公園にも、民家の庭先にも、看板の裏にも。 すでに、捕獲されてしまったのか。それとも、危険を察知し、物陰に潜んでいるのか。

いない。
いない。
いない。

神様!どうか、彼らを助けて。 勝手な願いだと分かっていても、願わずにはいられなかった。

諦めて帰る道の先に、4匹の子ヤギがいた。仲良く並んで、道路を横断している。私たちは、生き別れの兄弟に再会したような気持ちになり、彼らのもとへ駆け寄った。

「ヤギ!!」

彼らは、ちらっとこちらを見ただけで路地裏に消えた。

(よかった)と、ほっと溜息をつく私たちは、今夜の合コンの年齢制限にひっかかっていることを、まだ知らない。

つづく。

プロフィール

白川ゆり

CASA DE XUX代表/アロマハンドセラピスト/アロマテラピーアドバイザー
2009年~ マヤの聖地を巡るワールドツアーに参加。パレンケや先住民が住むラカンドン村等、数々のマヤの聖地を訪れる。
また、国内外のマヤの儀式において、火と香りで場と人を浄化する「ファイヤーウーマン」を務める。
2011年~ マヤの伝統的な教えを伝えるワークショップを開催。
マヤカレンダーからインスピレーションを得たオリジナルアロマミストシリーズ「ITSUKI」を制作。

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