エッセイ

旅は私の宝箱

浮かんだり沈んだり

「オーストラリアのパースに行こう。」と言い出したのは私だった。夫はあまり興味なさげ。あの亡き兼高かおるさんが【世界一美しい町】と言った場所。日本の航空会社でお手頃なチケットがあったので「いつか行くのなら今回はチャンスよ。」という誘いに夫も「うまいこというなあ。」と承諾した。

美しい町並みをぶらぶら散策して楽しむのと、もう一つのパースでしたかったのはドルフィンウォッチングだった。現地ツアーはあるけれどこれらは一様に料金が高い。車でホテルからの送迎付きの〔ドルフィンと一諸に泳ぐツアー〕などは日本円で14000円位する。最初申し込もうとしたけれど、沖までボートで出なければいけない。私は船酔いする質なので断念した。それでは(自分達でイルカに出逢えるスポットを探そう!)とインターネットで検索するとヒットしたのは

【マンジュラ】

説明によると、この町はリタイア組が多く住んでいる場所らしい。物価が高く内海にイルカが現れる。私の脳裏には、2頭のイルカと浅瀬で戯れる自分の姿が浮かんだ。青い空の下で水しぶきを上げながら……。

(濡れてしまうかも。水着とタオルは持って行かなくちゃ。)

見知らぬ土地マンジュラでのイルカとの出会いの妄想は、面倒な旅支度をする私の気持ちを弾ませた。

ホテルのあるパース駅から、電車で1時間位の所にマンジュラ駅はあった。電車を降りてロータリーに出る。歩いている人に「ドルフィン」と話し掛ける。身体の横で左右の手をひれのようにパタパタと振り「キュー、キイー」とイルカの鳴き声のマネをした。これは相手に通じた。「〇〇よ。」とドルフィンウォッチング出来そうな場所を教えてくれたのだけれど、何処と言っていたかは覚えていない。夫と一諸に教えてもらった場所に行くバスに乗り込んだ。 

少し走ると海が見えてきた。建物がその奥の方に見える。何人か降りるバス停で私たちも降りた。公園があって3m位低い所にビーチがある。歩いていくと橋があり、レストランやお土産物屋が少しあるマリーナに着いた。この時の日本の季節は11月。南半球のオーストラリアはやはり11月だけれど日本の5月頃の陽気。人出はあまり多くなかった。(ここではイルカをウォッチングするのは難しい。)と思っていると、夫が「あれ!」と船着き場の案内ボードに気が付いた。 

ボードには、海の動物が描かれている。カメやイルカや他の魚たち。(この船でクルーズをするとこの動物達に出逢えるかもよ。)という案内。船の近くに立っているスタッフに英語で尋ねる。「周回時間はどれ位?」「小1時間よ。」私達はチケットを買い乗船した。

船は2階建てで2階には屋根が無かった。定員は30人位。私達は1階の真ん中位の3人掛けシートに座った。船内では飲み物とスナックが販売されていた。あとからオーストラリア人らしい中年の女性が来て「ここ良いですか?」と英語で聞いきて、「どうぞ。」と答える私達の隣に座った。

程なくして船が出港した。入江の、運河のような穏やかな海路を進む。そのメイン海路に、垂直に繋がる海路が左右にある。両側には瀟洒な家が立ち並ぶ。玄関のドアにはイルカの飾りがあしらわれていたり、家の前にはクルーザーが停泊していたりする。この海の路地は何本も続く。船内を動き回って写真を撮っていた私は自分の席に戻り、日本語で「こんな素敵な家に住む人達がいるのねえ~!」と感嘆の声をあげた。するとお隣に座っているオーストラリア人女性が「本当にねえ。」と英語で同意する。多分彼女は日本語を理解できないだろうけれど、私の様子や言葉の抑揚でこちらの感情をくみ取ったに違いない。

それからも船は進む。カヤックで海上散歩をしている人達の姿も見受けられる。すると前方で、イルカが水面から姿を見せた。くるっと半回転して水中に消えた。一瞬の事だったけれど。

「イルカあー!」

と日本語で叫んでしまいました。わたし。周りの乗客たちに振り返られたけれど。

イルカを一瞬だけでも見ることはできたけれど、正直(あれだけ~?)他人様の立派な家やヨットは確かに素晴らしいけれど、これを私は見にきたの? オーストラリアのパース郊外までわざわざ。そんな空虚な気分に沈んでいる時にキタ~‼

1頭のイルカが船に併走?いや併泳している。しかも私たちの座席の真横で。けれど私はこの時、席に座っていなかった。少し前方で写真を撮っていた。前方に居たのは偶然だったけれど、真横より少し前からの方が泳ぐ姿をカメラに収めやすい。時間的には3,4分位だった。バタフライの様に体が海から浮かんだり、沈んだり。

シャッター連写!

私は何とか絶好のタイミングを捉えようとしていた。イルカの体が見えてからシャッターを押すのでは遅い。とにかくパシャパシャとボタンを押す。夫はこの間、動画を撮っていた。(どこにいるんだよ~!こんな真横でイルカが泳いでいるのに。)と私の事を思いながら。イルカの姿が見えなくなってから席に戻ると、例のオーストラリア人女性が興奮しながら「真横でイルカが泳いでいたのよ!」「うん、うん。」という風に頷く私。皆そうよね。気持ちはハイテンション。後で確認すると、幸運にも夫の撮影した動画も私が前方から撮った写真もばっちりイルカの姿が撮れていた。 

目標を達成したこのオーストラリアパースの旅は一昨年の話。これからコロナ禍で海外旅行がおあずけとなる。

世界全体で、こんな鬱そうとしたトンネルに入るとは思わなかった。けれど人生なんて浮き沈みがあって当たり前。あのマンジュラのクルーズだって、一時はイルカに会えないと気を落とした。その後のイルカの登場に一気に気持ちは高揚した。

私は、去年から海外旅行に行くことが出来なくなって新しい発見をした。旅行に対する考えが大きく変わったのには自分でも驚いた。

今まで行かなかった国内を旅し、その楽しさに気が付いたのだ。心の中で国内旅行が浮かび上がり、海外旅行熱が少しひいた。

あの時、浮かんだり沈んだりして泳ぐイルカを見たのはこの変化の予兆だったのかも。

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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