「田沢湖へ」（創作小説）

親友のナギサと秋田へ旅行に行くことになった。
私は秋田といえば、子供の頃にテレビで見た「なまはげ」と美味しいきりたんぽ鍋……ぐらいしか思い出せなかった。ナギサは韓流俳優のイ・ビョンホンの大ファンで、中でもドラマ「IRISアイリス」がお気に入りなのだそうだ。今回の旅行はナギサ主導で、新幹線から宿まで色々と手配してくれた。

JR田沢湖駅前から路線バスに乗った。田沢湖は周囲20kmほどあり、路線バスで周遊もできる。

湖に着くと、言葉を失うほど美しい景色が広がっていた。

「わぁ……」思わず感動の声が溢れ出た。
田沢湖は日本百景に選ばれる景勝地だ。最大水深は423.4ｍで、日本で一番深い湖だという。濃いコバルトブルーの色は深さによるものかもしれない。遠景に見える山々が鏡のように湖面に映し出されキラキラと輝いて見える。大自然のパワーを身体全体に吸い込むように深呼吸した。

田沢湖に美しい姿で凛と立っているブロンズの彫刻は「たつこ像」という。雄大な湖と大自然の中でひときわ目立っている。たつこ像はなぜここに建っているんだろう……。疑問に思いスマホで調べてみると、「たつこ姫伝説」という伝説があることがわかった。

美しい娘だった辰子は永遠の若さと美貌を願っていた。すると「北に湧く泉の水を飲めば願いがかなう」というお告げがあった。それを信じた辰子はその泉を探し、見つけるとその水を枯れるほど飲み続けた。気がつくと辰子は大きな龍となり、田沢湖の底深くに沈むと、やがて湖の神となったという。

実はこの伝説には続きがあり、田沢湖から100㎞ほどの位置にある八郎潟という湖にも人間から龍へと姿を変えられた八郎太郎という男がいたそうだ。太郎と辰子は愛し合うようになり、太郎は毎年秋の彼岸の頃に田沢湖にいる恋人の辰子を訪ねて冬を過ごした。2人は冬の間、共に田沢湖で暮らすようになった。その為、田沢湖は冬も凍ることなく益々深くなり、一方で主がいなくなった八郎潟は年を追うごとに浅くなったと言われている。そのことから、2人が住む田沢湖は冬の間も凍らない湖として知られるようになった（三湖物語による）。

思いがけない湖でのラブロマンス。それを知ってもう一度、田沢湖を見てみると……恋焦がれる二人の姿が田沢湖に映し出さるような気がした。ナギサに話すと、ナギサの目には湖にイ・ビョンホンと自分の姿が見えたそうだ……恋は盲目である。