エッセイ

世界の地元メシ

カリフォルニアのオレンジ

カリフォルニアのシャスタ山というところに、年に数か月ずつ滞在するということを繰り返していた時期があった。

そこはカリフォルニア州とはいうものの、超絶なド田舎にあり、当時は恐怖を感じるような5人乗りの小さなプロペラ機でしか行くことができない場所だった。

日本でいえば、八ヶ岳と軽井沢の別荘地を足しっぱなしにした雰囲気の小さなエリアを、思いっきり人里離れた山の中に、神様が全力でぶっ飛ばしたようなところで、本当の本当に人が少なくて日本より安全。

どのくらい安全かというと、乗っていた自転車をどこかに駐車したまま忘れてしまっても、タイヤもサドルも盗まれたことがない。スーパーで財布を落としても、2日後に同じ場所にずっとおきっぱなしになってるくらいの辺境のド田舎です。

そして、大変に水が清らかで、空気がきれいなところだった。

それもそのはず、みんなの知ってるミネラルウォーター「クリスタルガイザー」って、このシャスタ山の水なんだよね。なので、ここにいると、クリスタルガイザーの風呂に入り、クリスタルガイザーで髪を洗えるので、なんか得したような気持になっていた。

当時、シャスタにはホテルや貸アパートの類はなかったので、誰かの別荘みたいなところを借りて住んでいた。家主からサブレットしてもいいよって言われていたので、当時はまだ珍しかったアメリカのB&Bサイトに掲載しておくと、シャスタ旅行に来るアメリカ人が部屋を借りに申し込んできていた。

たいていは、カリフォルニア周辺に住んでる人が、ちょっと息抜きに来る感じ。東京の人が、小淵沢やつま恋に遊びにいくような感じだろう。ま、来ても何もないんだけどね。

で、ある日、少し年配のアメリカ人夫婦が1週間ほど遊びに来て、異文化コミュニケーションしましょう、一緒に食事を作って食べましょうってことになった。

徒歩圏にスーパーはあるけど、何でもそろうってわけでも無いので、こういう時、私は醤油味の豚汁を作ってごちそうしている。で、そのご夫婦が、デザートを作るってことになり、

「カリフォルニアはオレンジが本当においしいから、オレンジのモノを作るわね!」

って言ってザクザク切り出したんだけど。

ねえ、みなさん。普段、オレンジってどうやって切ってます? 私も別に、これが正しいと教わったわけじゃないけども、何となく、こんなふうに8つ切りにして切ってるんですよ。

カリフォルニアのオレンジ

大きさでいえば、から揚げの横についてくるレモン位の幅で、8つ切りにしてきた。それこそ、人生で、生まれてからずっと。それに、日本じゃたいてい、どこのホテルやレストランでもそんな風に切って出してくるじゃん?

何なら、給食だって、そんな風に出てきたし。子供の頃、友達の家に泊りに行っても、どこのお母さんもそうやって出してきてくれていた。だから、私は、オレンジの切り方は8つ切りが世界標準だと思っていたんだが。

なんと、彼らはオレンジを輪切りにした。トップ画像のように、輪切りにしていた。

私はびっくりして「ええ?オレンジって、そうやって切るの?」って聞いたら、そうだと。私たち2人とも、カリフォルニアで生まれ育ってるけど、オレンジって、こうやって切るものよ?と言われた時の、カルチャーショックよ。

彼ら曰く、こうやって切ると、房が全部ひらいている状態だから、まず、見た目が美しい。アメリカにはいろんな人がいるから、中には手で食べたくない人もいるから、この切り方なら、ナイフとフォークでも食べられる。

それに、カリフォルニアのオレンジは必ず完熟しているから、こうして切った方が、果肉と皮の香りが部屋の中に充満して、とてもハッピーな気持ちになれる。

さらに、皮をつまめばスグ実がはずれるから、手で食べても口も手も汁で汚れない。皮に口をつけないから、オレンジピールを作りたい時にも衛生的で便利だし………と、オレンジを輪切りにするべき理由を延々と語ってくれた。

その人たちって、お医者さん夫婦だったので、もちろん、私を担いだりしたわけではなく、真面目にアメリカ文化について教えてくれているのであった。

郷に入っては郷に従えなので、その時点で、もう50回以上入国しているであろうアメリカ文化に倣うことにした。

まあでも、たしかに、輪切りになってる皮は手で一辺をモギっと千切れば、そのまま、ピロピロピロンと実が取れるので、たしかに食べやすい。そして、房を手や口でつぶす所作が一回もないので、手も口も汁で汚れない。確かに言ってる通りだった。

そして、サラッとした状態の皮が、白い部分を薄く残してキレイに残るので、確かに、これってこのままオレンジピールを作るのに向いてるなー、と感心した。

結局、その日に彼らがつくったのは、このオレンジの輪切りにミントの甘いリキュールを少しスプレーで振りかけて、30分くらい冷蔵庫で冷やしただけのものを、キスチョコのビターと一緒に食べるっていうモノだったけど、何だかすごくカッコよい食べ物に感じて、おいしかったな。

日本に帰ってきて、オレンジを買って同じように切ってみたが、日本のオレンジはジューシーすぎて、輪切りにすると、まな板も手もビチャビチャになってしまった。

なんていうか、日本にあるオレンジは、たぶん、高級品なんだな。おそらく、保存状態が完璧で、美味しい時期を全く逃さないように徹底管理されているんだと思う。

それに、皮と実がしっかとくっついていて、ピロピロピロンとはならない。多分あれは、カリフォルニアのオレンジは必ず完熟っていうのと、関係しているのかもしれないね。

「ハッピーになるでしょ?」と言われたことを思い出し、オレンジを日向に並べてみたけど、あまり香りがしないのは何でだろう。

あの、シャスタの窓辺に適当にカゴ盛りされて放置されたオレンジが醸す、アロマのような香りは、カリフォルニアのカサカサに乾いた、澄んだ空気の中にだけ漂うものなのかもしれない。

あとで、アロマ精油の本を読んでいたら、オレンジ精油の効能のところに「心を明るくする効果」と書かれていて、本当にハッピーになるんだと知って、びっくりした。

プロフィール

ほしのしょうこ

25年ほど雑誌・WEBマガジンなどで記事を書き散らしているフリーライター。 副業でWEBデザイナー崩れもしている。趣味は散歩と仕事。重度の放浪癖があり世界を鞄一つで浪漫飛行していた。現在は頑張って日本に定住中。

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