エッセイ

信号はMIDORI色。さあ、渡ろ。

中東ドバイ到着。凍える寒さと待ちぼうけ。それがはじまり。

テレビ東京のバラエティー番組、「YOUは何しに日本へ?」大好きな番組です。MCはお笑いのバナナマン。観てみると、これが本当に面白い。世界各地から外国人が日本に来ているんだな~って思うのと同時に、観ている私自身が外国人になった時のこと思い出します。

 忘れません。まさに私の最初の一歩が月面に、いえ、ドバイ空港の床を踏んだ記念すべき日の出来事。

日本から10時間(本当は時差が5時間あるので15時間)、ついにドバイ空港に到着。午後9時過ぎ、お疲れさ~ん。ここから直ちに会社からの迎えの車でアラブ首長国連邦の首都、私の職場のあるアブダビに向かう…この日を迎えるまでの数ヶ月間はワクワク期待たっぷりだった。

飛行機を降りてからは空調の効いた空港内の幾つもの長い動く歩道を通り、「最後にビザカウンターがあるから、そこでビザをピックアップしたら入国審査のカウンターに行って」と。そして、最後に荷物をピックアップしたら、出口付近でHR(人事部)の担当者が待っているからと事前の打ち合わせもあった。いざビザのカウンターへ。

その入国のためのビザカウンターは超満員。しかし順番を待つ列は無い。手続きに戸惑っていれば押しのけられて後回し、とにかく早く入国したい人の大群だった。順番で並ぶことに慣れている日本人にとっては異様な光景だ。私の周りは各国独特の民族の衣服をまとった人で溢れている。鮮やかな色と柄の着衣、頭には同じ柄のターバンを巻いたアフリカ人の女性、白いパジャマ上下みたいな服を着ているインド人やパキスタン人の男性。綺麗な色のサリーを来たインドの女性達。日本人みたいな韓国人や中国人もいっぱいいる。見慣れない顔つきと聞きなれない飛び交う言語は私の緊張感をさらに高めるBGMになっている。そうだ私も入国を待つ外人なのだ。

順番が来た。そこは昔の日本の旅館にあったように、部屋のカギを入れるような、カウンターの後ろには小さく四角に区切られた棚があった。カウンターの担当者に私はなんと言ったか記憶がない。でも多分、「マイ・ネーム・イズ・ミドリ、ルッキング・フォー・マイ・ビザ・フロム・シェラトン・アブダビ」と告げたはずだ。その女性は私の入国ビザを探す。しばらくして電話であるかどうかを確認しているようだ。1、2分待った。
「ウイ・ドント・ハブ・ユア・ビザ」もうすぐ届くと思うので少し待ってみて、と言う。
「そうか。OK。サンキュー」。
30分、40分、一時間待った。ふたたびカウンターに行ったがまだビザが届いていない。 

もう2時間以上待ってるんですけど。とうとうこの現実を確認する気になって勤務先に電話をしたが、当然こんな深夜に担当者がいるはずもない。電話の先のオペレーターは日本から来る私の事は聞いていないようだ。
「HR担当者に連絡を取ってみるから、しばらくしたらもう一回電話してください」と言われ、疑いもせずに更に待った。さらに待って、もう一回電話していたら、ついにHR担当者と連絡がとれたということでほっとした。が、待てよ、今からこちらに向かうと言っていた。
「今、向かっているって? アブダビから?」
うそでしょ、ドバイとアブダビは車で2時間かかるんですよ。やっぱりおかしいと本気で心配になった。でも疑いもせず待つことにした。

午後9時過ぎに到着してからもう4時間以上も待っている。あれほど混んでいたビザ待ちの大群が消え、人の気配がすっかりなくなったカウンター廻りで一人腰かけているしかない私。エアコンでガンガンに冷えている空港のなかで、このまま凍死しそうなぐらい体が冷え切っている。もう一回、ビザのカウンターで確認してみよう。

つづく

プロフィール

MIDORI

大阪府出身、現在は川崎市在住。大学在学中のウェイトレスアルバイト時代にお客さんから言われた「MIDORIちゃんの笑顔とおはようございますがいつも気持ちいいね」の一言が長く海外ホテルの仕事に就くことになるきっかけになったのかも。23年に渡る海外生活はアメリカ、台湾、中東、中国、マレーシア、特に中東のドバイは10年間もの滞在になりました。「迷っているなら、とにかくやってみよう」スピリットで、現在は仕事の傍ら、ある国家試験に向け猛勉強中。好きな食べ物はポップコーンと白ワイン。

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