エッセイ

旅は私の宝箱

空はつながる

夕暮れ時、1人船首に立つ。どんよりとした霞が前方に広がる。次第に空が紅に色を変え、白い雲と何重もの層を成す。見とれていると、正面から来た灯りを点した船とすれ違った。

ここはエジプト。ナイル川に浮かぶ船からの眺め。

エジプトには昔から行きたかった。でも友人を誘ってもこう言って断られた。
「会社の先輩が行ったのだけれど、ツアーの3分の1の人が酷い食あたりを起こして大変だったらしいわよ。その先輩もあたったって。」

私は胃腸があまり丈夫ではない上に、この食あたりの要因はエジプトの不衛生さにあるから旅行意欲がひどく減退する。

それでは何故今回エジプトを旅したのか?

それは新聞で、
『エジプト ナイル川をクルーズ船で周遊』
なる広告を見付けたから。

(食あたりの要因の水が、地上のホテルよりもクルーズ船内の水の方があたりづらいのでは?)と考えたのだけれど、この理屈は後で考えれば通らない。船の水は当然エジプト国内から船に運び込まれるわけだから、リスクは地上のホテルと同じなはず。ともあれ都合の良い解釈がエジプト旅行を私に決断させ、あの素晴らしいナイル川の夕陽を見せてくれた。

その充分に美しい夕景が更に演出される。船上に設えられたスピーカーからタイタニックの曲が流れた。

『条件が揃うのにはあと1つ足りない。』

それは横に素敵な男性がいなければならない。おっとではなく。

私は裾がフワぁっと広がった、淡いグレーのイブニングドレスを着ている。髪は夜会巻き。ソフトクリームのように結いあげている。そこに背の高いタキシード姿の外人男性が現れる。

「レディ。」と手を差し出され2人は踊り出す。照らされる夕陽のライトは紅から黄金色に変わる。

そんな妄想をしていると最初は1人で眺めていたのに、周りに美しい夕陽に惹かれたくさんの乗客が集まっていたのに気付く。あっという間に現実に引き戻された。

ナイル川を船で移動する旅。古代人々は川沿いで生活していたから、遺跡にも下船してからすぐに着ける。旅行前に読んだガイドブックには、『クルーズは船上から川沿いのエジプト人の生活が臨める。』と書いてあった。時折コーランの音が聞こえ、水平線に沈む夕陽はロマンチックだったが1つとても残念な事があった。

それは、昼間にデッキに上がった時の事。

「列車が来たよ!」
と先にデッキに来ていた、同じツアー仲間の男性が私に声を掛けてくれた。

「わあ~!」(エジプトのナイル川沿いを走る列車だ。乗ってみたいなあー!)
そう思いながらバッグをまさぐるが無い!カメラとビデオが。列車が行ってから部屋に取りに戻る。それからしばらく列車を待つが現れませんでした。

乗船中は常に観光中。
そんな臨戦態勢とも言うべきか、常に映像ツールを携帯するという意識が足りなかった。

『この眼にしっかりと焼き付けた。』と言いたいところだけれど、正直な話あまり列車の映像が鮮明には思い浮かばない。車体が長かった、色合いは地味だった…?くらい。多分、列車の外観よりもクルーズ船から見たという事実が私にとって貴重な思い出なのだろう。

大きな感動とちょっぴりの後悔を抱きながら、帰宅後家の窓から外を見る。

見慣れた夕焼け空。
「この空はエジプトと繋がっている。あちらは今、朝かしら?」

それを聞いたおっとが「随分ロマンチックだなあ。」と言う。

《それはそうよ。ナイル川の船上でセクシーな妄想をしたんだもの。》

プロフィール

古野直子

横浜生まれ横浜育ち。結婚後10年以上夫の転勤で愛知県豊田市に居住。2011年に横浜に戻る。趣味は旅行。これまでの旅で印象深いのは、岡山の大原美術館、海外ではスペイン、ロシア。

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