エッセイ

世界の地元メシ

パリのパテ

今回は、ちょっとグルメな話をしようと思う。当時、諸事情があってフランスに行くことになり、パリに数か月だけいたことがある。実は、私はあまりフランスという国が好きではないのだが、ちょうど友人が出産で家を空けるので、その間の留守番も頼まれてしまい、なぜかパリにホームステイの一人暮らしをすることになった。

フランスはそもそも農業国なので、そこいら中にオーガニック製品が溢れかえっており、そこいらのスーパーで買ったミルクと野菜だけでも、まあ~美味しいったらありゃしねえ。パンはどれも親の仇のように固いが、チーズと一緒に食べると滋味あふれる力強い味がする。

食べ物は豊富、街は美しく、女の子はツンケンしてるけど可愛いし、16区あたりの素敵なテラスで白ワインなんか飲んでると、自分も何かになれそうな錯覚を起こしかけるので、とっとと用事を片付けてローマに帰らねばと思い始めていたタイミングで、隣の家のマダームから「ねえ、あたくしの家のパーティーに来ない?」と声をかけられた。

まあ、普通の知り合いが集まる持ちよりパーティーなんだけど、要するにお手伝いしてくれる人が欠席になったので、私に手伝い兼お呼ばれが回ってきたということだった。お留守番で知り合いもいないから暇だし、普通のご家庭の様子も見てみたいなと思って参加した。

広い家だったのでけっこうな人数がやってきた。キッシュ・フライドポテト・エビとアボガドのサラダ・薄切りリンゴのタルトとか、普通の家で作るお惣菜的なものが集まってきて、それなりに楽しい。

ただ、イタリアやドイツなんかもそうなんだけど、ヨーロッパは意外に英語率が低いので、大学生とかじゃないと英語での会話はまったく続かない。フランス人でさえ、一般人の英語力は日本人と同じレベルといってよいと思う。なので、話し相手が見つからない私はつまらなくなってしまい、黙々とサービスに徹することにした。

キッチンにはみんなが持ってきたごちそうで、まだ開けていないものがいくつもあるので、それを適当に皿に移して運んだり、ワインカーブから勝手に高いワインを持ってきては開け、自分はポメリーという泡をドバドバ飲んでいた。

冷蔵庫の中にも何かあるかもと思い、開けて捜索をしていたら、四角いポットのようなものが5個くらいお行儀よく並んでいた。バターが入ってるにしてはかなり大きく、見たことがないものだったので、引き寄せて中を開けてみたら、いわゆるパテだった。

まだ手が付けられてないものと、切れ目が入って何回か食べてるものがあり、好奇心からスプーンですくって一口食べてみた。

なにこれ美味しい!

日本のフランス料理店では、まず食べたことがない味。ものすごく濃くて強い味だけど、時間をかけて熟成している味がした。そして食べた後に、口の中で長い時間、ずっと良い香りがする。まさに「フランス女」という感じの食べ物だった。もっと食べたかったけど、人の家の食べ物なので3口くらいまでで遠慮しておいた。

他のポットも開けて中身を見ると、中に野菜がギッシリ詰まっててゼリーで固まっているもの、ハム色のお肉が脂で固まっているもの、油紙みたいなので包んであるもの、チョコレートのようなものでコーティングしてあるものがあった。

後でマダームに聞いてみたら、あれらは全部パテとテリーヌで、私がつまみ食いしたものは作ってから5か月も経過した完熟品だったそうな。上質なつくり方をしたパテならば、3年くらい熟成させて食べることもあるのだそう。しかもあのパテは全部、マダーム作で、家庭料理なのだそうだ。

生ものにうるさい日本人としては「に、肉を3年……」とドン引いてしまうのだが、まあ、味噌も醤油も3年熟成は美味しいので、そういう感覚なのかもしれない。

日本に帰国してから、デパ地下やフランス料理の通販などで「あの」パテに近いものがないかと探したが、やっぱりお国柄の違いなのか、同じ感動を与えるような熟成には未だ出会えていない。

ただ、代官山にあるパテやテリーヌの専門店のシェフにその話をしたときに、「そうそう、そうなんです。僕、10年ものの食べたことあります」と、初めて同じ感動を分かち合えたので、あのパテは幻ではなかったらしい。最近は、もしや、真空パックのパテやテリーヌを冷蔵庫で3年寝かせたらいいのだろうか……とか思い始めている。

プロフィール

ほしのしょうこ

25年ほど雑誌・WEBマガジンなどで記事を書き散らしているフリーライター。 副業でWEBデザイナー崩れもしている。趣味は散歩と仕事。重度の放浪癖があり世界を鞄一つで浪漫飛行していた。現在は頑張って日本に定住中。

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